第3章 カウントダウン 地上移動型
■ 発射30分前(T-30:00)
冷気を含んだ薄靄が、針葉樹の森に沈んでいた。夜の闇が支配する山中、舗装されていない林道に沿って、数台の大型車両が黒いシルエットを晒している。その中心に、キャニスターを直立させた移動式発射車両(TEL)が鎮座していた。周囲ではカモフラージュ用の偽装ネットと伐採された枝葉が丁寧に除去され、最終点検が進められている。
「姿勢制御システム、点検完了」
「GPSジャミング範囲内、電子偵察兆候なし」
「空間軌道確認、目標地点・東京中央部、入力済み」
仮設掩体として岩陰に建てられた指揮用トラックの中、冷たい光を放つ液晶モニターには、発射ルートと大気圏再突入後の終末誘導予測円が赤く描かれていた。
「通信回線、遮断フェーズへ移行」
暗号通信班が指示を受け、衛星通信モジュールの一部を物理的に切断。外界からの妨害や逆探知を完全に遮断する体制に移った。
■車載バッテリー起動/燃料系統ブート
TEL車両の下部に搭載された冷却ユニットが、静かに唸りをあげ始める。極低温で保管されていた推進剤システムが活性化され、発射機構の各センサーがリアルタイムで応答しはじめた。現地指揮官は、胸元の防寒服の内ポケットから、赤い封筒を取り出す。上層部から直送された「任務確定通知書」だ。中には、キルコードと、最終確認プロトコルの紙片が封入されている。
「これより、プロトコルコード・朱印『백화-12』に従い、発射手順を開始する」
彼の声はかすれていたが、誰一人異を唱えなかった。
■周辺部隊完全撤収/自爆処理準備
「爆破装置、設置完了。安全装置、解除まで3分」
周辺警戒部隊はすでに1km圏外へ移動。TELと指揮車両だけが残され、あとは自動処理に任されるフェーズだ。もしこの地点が空爆・捕捉された場合、ミサイル、データ機器、核弾頭が敵手に渡らぬよう、自爆装置がトリガーされる。
「後方部隊より通達——作戦名『黒幕-5』、他11基、全てT−30同時フェーズ」
作戦は同時多発。全国数ヶ所の山岳地帯・森林・農村周辺から、同型ミサイルが同時に「展開→冷却→姿勢固定」の工程を開始している。この混成的同時展開は、イージス艦やTHAADの迎撃能力を飽和させるための定石だった。
■ T−10分:完全自動制御移行/乗員離脱
発射手順は全自動プロトコルに入った。搭乗員はすべて車両から退避し、丘の反対斜面に掘られた地下壕に収容された。森は、再び静寂に包まれる。だが、どこか空気が震えていた。それは熱ではなく、エネルギーに満ちた緊張そのものだった。
■ T−5分:最終カウントダウン開始
大型の液体燃料型ミサイルではなく、固体推進型の短中距離弾道弾。発射シーケンスは迅速で、発熱ノズルの冷却が終わる頃には、ランチャーが微振動を開始する。空に、黒い雲が浮かぶ。まるで“それ”が天をつく瞬間を予兆しているかのようだった。




