第142章 分岐したパラレルワールド
【時刻】2026年3月28日 03:48 JST ※ パラレルワールドの時刻
【場所】南関東沖・相模トラフ最深部 5,800m ※パラレルワールドの場所
【組織】国際海底探査管制機構《ノウシス管制局》※パラレルワールドの組織
ロナルドレーガンや海自のタイムスリップの影響により、現代とは約25年科学技術が進歩している世界
地上・相模湾岸地下基地
深海は、沈黙よりもさらに沈黙していた。
超深度帯、相模トラフ最下層——かつて誰一人として立ち入ったことのない、地球の「神経節」のような岩盤断層。ここに今、人類の手によって初めて接触が試みられていた。
中央制御艇《プロメテウス12号機》が、超音波沈降ポートからゆっくりと排出される。全長21メートル、外殻は漆黒のレアアース繊維複合素材で覆われ、魚類の視覚神経すら欺く非可視波長の光反射処理が施されていた。
艇内では、制御AI〈タナトス・ヴェクター〉がすでに起動しており、深海通信回線を通じて軌道上の中継衛星と、東京湾岸にある《メガラニカ》地下基地との間で交信を行っていた。
「タナトス、到達予定まで残り17分」「了解。内部核炉心、量子冷却モードへ移行中。機体温度、安定範囲内」
艇の内壁には一切の操縦系が存在せず、すべての操作は遠隔思念伝達プロトコル《Φ-ナレッジ》によって行われていた。これは、「思考」そのものをアルゴリズムに翻訳する技術であり、脳波と感情波形を量子レベルで同期することで、艇の挙動と完全一致させるものだった。
メガラニカ管制室。 数十人の技術者が、低照度環境下でそれぞれのホログラム・コントロールパネルに向き合っている。
「外部磁界、変動なし。地層共鳴は0.72Hzで安定中」「艇体、構造異常なし。サポートUUV群、全ユニット正常稼働」
指令官のヘンリー・イエーツ博士は、記憶の片隅で“最初の失敗”を思い返していた。あれは2023年、アリューシャン海溝沿いでの実験だった。あのとき、共鳴ポイントを誤って設定し、数日後にM8.1の大地震を引き起こしてしまった。
だが今回は違う。 今回は、トラフの超深部に“蓄積された応力”を、あらかじめ微細に解放する設計だ。
「《中間アンカー・デルタ》固定完了。深度5,802メートル、トラフ主断層直上」「ラプチャー・リンク可動開始。エネルギー分散準備」
プロメテウス艇は、主装置の一つである“双方向断層干渉発振子”を展開しつつあった。 まるで、岩盤そのものに意図的な“緩み”を作るような挙動。
しかし、設置が進む中で、艇のセンサー群が微弱な変調を拾い始めた。
「管制、タナトスです。断層面に非同期性振動を検出。周期が……メガヘルツ帯域に及んでいます」「ありえない。そんな高周波、自然界に存在しない……まさか——」
博士が言葉を詰まらせた直後、制御室の一角が青白く発光した。 観測ホログラムに、信じられないものが映し出されていた。
——断層面が、光を反射している。
まるで鏡のように。 しかもそれは、反射というよりも「内側からこちらを見ている」ような錯覚をもたらす。
誰かが囁いた。「……干渉帯だ。時空が、ねじれてる」
事態の深刻さに気づいたのは、さらに数秒後だった。
「タナトス、異常高エネルギー波動確認。艇の自己解離を開始」
艇の外殻が、量子レベルで“分解”され始めていた。 「《融合干渉モード》に入る。全サポート艇は自動切断——」
反射面の奥。 そこに確かに“何か”が存在した。 それは、記録には存在しない——しかし誰もがどこかで見たことのあるような構造物。
黒い艦影。
《RONALD REAGAN》
そして、もうひとつ。
……蒼く鈍く光る、艦橋の天測観測窓。 その向こうに、あの艦がいた。
艦首に刻まれた、かつて存在したはずのない紋章。
——戦艦「大和」。
そして深海は、再び沈黙した。




