第136章 最後の光、そして無人地帯へ
開城付近・旧前線地帯
夜明けとともに、開城近郊の丘陵地帯を米韓混成の後衛部隊が南へと抜けていく。すでに38度線以北には正規兵の大規模編成は存在しない。ドローン偵察部隊と戦闘工兵が、通信中継車両を引き上げていく。
一方、衛星通信を通じてC4ISRネットワーク上に最後の更新がなされた。全戦術データリンクの切断。GPSジャマーの配置を遮断し、即応爆撃態勢から離脱。
大友は、撤退最後尾のM-ATV(耐地雷伏撃防護車両)に便乗していた。車窓には、もはや燃料すらない燃え殻のようなT-55戦車、半壊したバンカー、瓦礫に埋もれた学校の建物などが過ぎていく。戦争は、始まる前よりも多くの“戦場”を遺していた。
車内では米陸軍中尉と韓国軍准尉が無言で作業報告書のデータを入力していた。すべてのデータは、1時間後に削除されるスケジュールになっている。これは「現場の証拠を残さない」ためではなく、「核使用後の混乱に備えて、全システムがオフライン化される」からだ。
「この戦争の終わりが来るのは、数日後か、数時間後か、それとも——」
最後の“撤退完了”信号が打電された瞬間、大友は画面から目をそらした。自分の記録者として役割もまた、終わりを迎えつつあった。
丘の向こう、南へ続く舗装された道の先に、遠くソウルの灯が見えた。




