第35章 背水の空母:座礁艦隊、対レーガン戦
原爆阻止という絶望的な計画と並行し、片倉大佐たちは、目前に迫る原子力空母ドナルド・レーガンによる沖縄への攻撃に対する検討に移った。
片倉は、大型モニターに表示された沖縄本島の地図と、レーガン艦隊の予想進路を指し示した。
「ロナルド・レーガンによる沖縄への攻撃は、これまでの米軍の攻撃とは、その次元が異なります。彼らは最新鋭の航空戦力に加え、巡航ミサイルによる精密攻撃も可能でしょう。我々のF-35BはB-29を壊滅させましたが、既に弾薬は枯渇し、機体の稼働率も極めて低い。数に劣る我々の戦力では、洋上での空母打撃群との正面衝突は、無謀です」 片倉は、厳しい現実を突きつけた。
神谷一佐が、その言葉に続く。「さらに、本艦『いずも』及び護衛艦『むらさめ』の稼働率は、これまでの戦闘と補給の限界により、既に半減しております。電子機器の劣化、燃料の枯渇、そして部品の欠損は深刻です。この状態での洋上戦闘は、艦の損失を意味します」
作戦室に重い沈黙が落ちた。誰もが、絶望的な状況を悟っていた。
「ならば、どうするのだ」牛島大将が問うた。彼の声には苛立ちが混じっていた。
片倉は、一呼吸置いて、意を決したように言った。「我々は、海上で戦いません。本艦『いずも』と護衛艦『むらさめ』を、旧海軍艦艇が座礁したビーチとは反対側の海岸、沖縄本島北部の海岸線に座礁させます。そこを拠点とし、レーガンの航空攻撃を迎え撃つ」
その言葉に、旧海軍の森下副長は驚きを隠せない。
「空母を、自ら座礁させるだと?!正気の沙汰ではない!」 艦艇を、しかも旗艦を自ら陸に上げるなど、海軍の常識ではありえない発想だった。しかし、片倉の目は、その決断の裏にある覚悟を示していた。
「洋上にあれば、航空攻撃と潜水艦による魚雷攻撃の双方の脅威に晒される。しかし、座礁すれば、少なくとも魚雷の脅威からは逃れられる」片倉は説明を続けた。「『いずも』は巨大な飛行甲板を有し、多数の航空機を収容する能力がある。座礁させることで、艦の安定性を確保し、まるで移動しない陸上飛行場として活用するのです」
「しかし、それでも空からの攻撃には、どうやって対抗するのだ?」長参謀長が問うた。
「海自だけの戦力では、とうてい防衛できません。だからこそ、旧日本海軍の残存艦艇、そして貴軍、沖縄守備隊との連携が必須となります」
片倉は、地図上で座礁予定地点を示し、陸軍陣地との位置関係を説明した。
「座礁したいずもとむらさめは、残存する機関砲とミサイルで、可能な限りの対空防御を行います。しかし、弾薬は限られています。そこで、旧海軍の艦艇に残る高角砲や、沖縄守備隊が持つ高射砲、機関砲の火力を、我々のレーダー情報と連動させるのです。いずもとむらさめが『目』となり、貴軍の『砲』と連携する。地上部隊は、レーガンの艦載機が低空で接近する際に、集中射撃でこれを迎撃する。また、座礁した旧海軍艦艇と同様に、海自の隊員の一部も陸上戦闘員として配置し、航空隊員の護衛と陣地の防衛にあたらせます」
森下副長は、苦々しい顔で言った。「なるほど、我々が陸上要塞と化したように、今度は貴官らの空母が陸上飛行場となる、か。だが、それはあまりにも危険な賭けだ」
牛島大将は、静かに片倉の目を見つめた。自国の精鋭が、未来から来た者たちの作戦によって、常識を覆す戦法を強いられている。しかし、彼らが持ってくる「未来の情報」と、その技術の有効性は、これまで証明されてきた。
「分かり申した。これ以上の選択肢はないのも事実だろう」牛島は、重々しく頷いた。「沖縄守備隊は、いずも、むらさめ座礁地点周辺の防衛線を強化し、対空砲火を集中させる。
片倉は、次に長参謀長に視線を向けた。「長参謀長、海からの支援があるとはいえ、レーガンからの上陸部隊を阻止することは、極めて困難となるでしょう。あの超大な輸送能力を考えれば、敵の上陸自体を完全に阻止することは、ほぼ不可能です。本島での激しい陸上戦闘は避けられません。
首里を護る地下陣地の沖縄守備隊がどこまで健闘できるかに、全てがかかっています」
その言葉の重みが、作戦室に響き渡った。
「ひめゆり学徒隊を含む、戦闘に直接関わらない民間人、特に女学生たちは、早期に首里城の地下陣地、または最も堅牢な地下壕へ避難するよう、各部隊に通達をお願いします。
牛島はだまってうなずいた。
文字通りこれは「背水の陣」を敷くことを意味していた。ロナルド・レーガンという絶望的な敵に対し、彼らは、持てる全ての知恵と力を結集し、最後の抵抗を試みようとしていた。