表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン6

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

818/2681

第133章 無言館



午前3時12分

東京都文京区・本郷台地地下避難区画(非公開施設)


この場所の存在を知る者は、ごくわずかだった。旧文部科学省の防災庁舎跡地下に隠された、富裕層向けの「私設避難収容施設」。建設名義は某教育財団の「緊急教育資源保管センター」。実態は、“想定された都心崩壊”に備えた閉じたサンクチュアリだった。


収容人数150名。専用の独立電源。酸素供給。水再生処理。通信衛星リンク。表に出る必要のない内部経済。何より、国家より早く、「選別の論理」を実行した空間。


ここに今、福地琴音、27歳——元文科省官僚、財団の実質的運営責任者がいた。


静寂だった。地上では、同じ東京とは思えぬ、火災、略奪、暴動、絶望が渦巻いているというのに。この場所では、スーツ姿の男たちが静かにブリーフィングを受け、白い壁に映し出されたAI統合ダッシュボードを見つめていた。


「現時点で“東京外郭環状道路以南”の区域、ほぼすべてにおいて実効行政機能の喪失を確認」

「荒川放水路以東、葛飾・江戸川・江東区で計7か所の火災。うち3か所が原因不明」

「集団避難所の統合拠点のうち、実稼働しているのは都庁系1か所、防衛省系2か所のみ」


“避難計画”という名の静かな放棄が進行していた。


琴音は静かに息を吸い、背後に立つ老紳士に言った。

「これが、“都市機能の選別”です。私たちは、早すぎると嘲られながらも、それを準備してきました。いま、国家が声を失った夜に、唯一、言葉を発し続けている空間がここです」


老紳士は、政財界で名を馳せた元中央銀行副総裁だった。彼は目を細め、重く言った。

「君たちの“情報シェルター”は、実によく設計されている。だが、外の世界はどうする。君の友人たちは、あの夜の渋谷で、誰にも知られず消えたのではなかったか?」


琴音の指先がわずかに震えた。彼女は大学時代、災害支援系サークルの代表をしていた。「現場に行く官僚になりたい」と、文科省に入省。だが、官僚機構の硬直と政治の保身を目の当たりにし、2年前に辞職。代わりにこの施設の構築と、“選ばれた都市の継続”に賭けた。


「……彼らのような人たちを守るには、“合理的に動く国家の代替”が要る。私はその“予備国家”の設計図として、ここを創ったんです」


老紳士は何も答えなかった。ただ、モニターに映されたSNSのタイムラインに目を落とす。


「#東京脱出」「#環八通れません」「#火災エリア更新」


「#新宿西口崩壊」「#路上出産中」「#もうだめかもしれない」


「#助けて」「#灯りがない」「#誰か見てる?」


琴音はつぶやくように言った。

「都市の声が、文字になって消えていく。誰にも拾われず、ただ画面の外に沈む……それが、“沈黙の死”です。国家がそれを認識しないなら、私たちが記録し、残すしかない」


彼女は傍らのタブレットを起動し、“記録データベース・MIMIRミーミル”にアクセスする。そこには、東京の24時間を生きた市民10万件以上の生ログが保存されていた。


――声を奪われた都市の、声なき叫び。


「“無言館”です。私たちが残すのは、避難施設ではなく、“生きた記憶の箱”です。未来に向けて、この都市がいかに沈んだかを伝えるために」


外ではまた、どこかのビルが崩れる音が聞こえた。だがここでは、都市の終焉がデータとして静かにアーカイブされていくだけだった。


【時刻:午前4時00分】


東京は、もうすぐ夜明けを迎える。だがその光が、どこまで届くのかは、誰にも分からなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ