第129章 海底の沈黙(SLBM最終発射プロセス)
【16:38 JST/日本海・元山東方沖/水深105m】
海中に沈む黒い巨影が、ゆっくりと微振動を放ちながら北東に進んでいた。
北朝鮮のロメオ改級潜水艦――正式名称「8.24英雄艦」。
艇長・中佐リ・ギュチョルは艦内の作戦室で、密閉型液晶に映し出された「発射可能時間(H-3:51)」を見据えていた。
「目標:日本本土・青森航空自衛隊基地、東京湾岸インフラ群、大阪市中心部。SLBM3発、各1Mtクラス。潜行発射プロトコル:コード黒+11-改」
魚雷管に装填されたのは、北極星3型(Pukguksong-3)。射程2,000km、固体燃料。水中発射可能な数少ない北朝鮮の核搭載可能SLBMだった。
艦内は息が詰まるような静寂に包まれている。リ・ギュチョルはゆっくりと無線機のスイッチを押す。
「ヘルメット・ゼロ、こちらスパイラル。最終確認を要請する」
応答はない。だが、それがプロトコルだ。通信沈黙は、最終命令を暗黙に示す。
【DAY16 17:12 JST/ピョンヤン郊外・戦略軍第3司令本部】
地上ではすでに別の緊迫が走っていた。司令本部地下の「赤区画」。ここにいるのは戦略ロケット軍第3旅団(潜水艦発射部隊)の中核指揮官たち。部屋中央の作戦卓には、発射タイミングカウントダウンが秒単位で進行していた。
「潜航深度105m、予想発射水域まで到達まで残り約88分。周囲の日本・韓国の対潜哨戒機の動きは静止状態。衛星観測データも妨害成功」
若き少佐が、地図上の赤い円を指さす。
「東京湾防衛圏への着弾時間、最短でH+13分。PAC-3、イージスSM-3の初動反応を勘案しても、最低2発は突破可能との見積もりです」
副司令官が唇をかむ。
「だが、あれは報復ではない。自滅の一手だ……我々は国の未来を何に投げた?」
それでも、発射は止まらない。命令は「報復ではなく、破壊」だった。
【DAY16 17:45 JST/在韓米軍オサン空軍基地/NSA前線情報センター】
アメリカ国家安全保障局(NSA)の派遣チームも、その動きを把握し始めていた。
「『8.24英雄艦』、通常航行パターンから逸脱。過去24時間の航跡からして、発射可能海域へのシフトと推定。音響反射パターンからSLBM搭載状態はほぼ確実」
カウンター情報班の女性分析官・ミッシェル・スローン中佐は、赤外線衛星と音響傍受システムを交差解析する。
「JAXAの光学衛星と合成開口レーダーの提供データ、これが決定打」
スローンが画面を指すと、画面上には排気ガスの微細変化が描かれていた。
「潜水艦上部から、断続的なガス排出。これは冷却系システムの過熱信号。核弾頭のカウントダウンに入った証拠だわ」




