第128章 「ログの海に沈む都市」
【午後11時25分 渋谷スクランブル交差点 ドローン上空映像】
ドローンは、まだ空を飛んでいた。バッテリー残量28%。推定飛行可能時間7分。
レンズが捉えたのは、青山通りを北から南へ埋め尽くす人波。交差点では、止まった車の屋根に立ち上がり、スマホを高く掲げる者たち。片手で動画を撮りながら歩く者。泣き叫ぶ子供を抱く者。群衆の波が、まるで海流のように街路に沿って流れていた。
拓真は、ビルの非常階段の中腹から、それを見下ろしていた。スマホ3台、タブレット1枚。すべて生配信中だ。
「――はい、こちら、渋谷の現在地です。画面の向こうの人、聞こえてますか?都内では一部、通信遮断の噂がありますが、Starlinkだけは繋がってるようです。これが、最後の記録になるかもしれません――」
【午後11時27分 コメント欄】
「日本終わったな」
「フェイク?ガチ?」
「警察いた?軍隊は?」
「子連れの人やばくね……」
「NHK何も言わないんだけど」
「お前らが記録してくれて助かる」
「録画保存しました、アーカイブ残して」
拓真の配信は、海外の反応系フォーラムでも拡散され始めていた。
【午後11時29分 現場との乖離】
「――今、青信号が点滅してますけど、人は止まらず渡ってます。クラクションも鳴りません。……ドライバーが、諦めてるのかもしれない」
「すぐそこ、MODIの地下入り口に、人が密集してる。あそこ、たぶんもう空調死んでます。もし都庁や官邸が**“渋谷に避難命令を出していない”**としたら、それは……」
彼は言葉を切った。言いかけた「国家の責任」は、誰も受け止めてくれない。
【午後11時30分 リアルタイム編集者】
配信機材の1つには、即時編集ソフトが立ち上がっていた。彼の仲間、秋葉原にいる後輩が遠隔操作で映像にテロップを入れている。
「*この配信は編集保存され、UN Watch、HRWに同時送信されます」
「*収録データはAmazon Glacier・Google Cloudに暗号化保管」
「*可能な限り“記録者”の生存を保証します」
誰も彼らに指示していない。だが誰かがやらなければ、「真実」はすべて沈む。
【午後11時32分 恐怖の訪れ】
突如、渋谷駅南側――マークシティ方面から、小さな爆発音。
「……何か、今、破裂音……?」
「煙が、見える。……まさか、テロ? いや違う、倉庫?」
ドローンがそちらへ旋回する。映像は、何者かにぶつかって、ブツリと切断された。
「――切れた!? ドローン1、喪失……!」
【午後11時33分 記録する者の孤独】
拓真は、自分の息の音が配信に乗っているのに気づいた。それが恥ずかしくなり、マイクを切った。
そこには、都市の崩壊を見つめながら、ただ「映像を残す」ことに命を注ぐ若者がいた。
視聴者は今、8,374人。
彼の足元では、倒れた老婆を若者が担ぎ、コンビニの裏路地へと消えていった。もはやこの都市では、「正義」や「組織」ではなく、個人の動機だけが命をつないでいた。
【午後11時35分 最後のフレーム】
スマホの画面には、こう表示された:
「最後まで記録する。これが、俺の戦い方だ」




