第118章 《記憶の干渉帯》
Ω計画
ジュネーヴ郊外、地表から100メートル地下。全周27kmの円形トンネルを巡るLHC(大型ハドロン衝突型加速器)は、13.5TeVという極限エネルギーで陽子ビームの衝突を繰り返していた。
「観測確認。#Δ-φ09事象、連続4回発生……記録時間は17ミリ秒間。同期完了。」
高瀬イサム博士はモニターに顔を近づけた。彼は日系理論物理学者であり、場の量子論の権威。その研究テーマは、CERNの主流とは一線を画す異端だった。
「脳波と量子場が相互作用しうるか」という、一見荒唐無稽な理論。だが、今この瞬間、それが現実になろうとしていた。
「またか……ALICE、CMS、ATLAS、すべてで同時検出とは。しかもこの間隔……。」
高瀬は、粒子トラッキングのログを目で追いながら呟いた。
そこに現れていたのは、通常では観測されない奇妙な事象。波動関数が定まる前に崩壊し、存在確率の“影”だけを残す「虚数軌道粒子」だった。
しかし、今回は明らかに違った。
Δ-φ09粒子はただ現れて消えるだけでなく、周囲の空間構造そのものに“歪みの尾”を残している。まるで、時空が一瞬きしみ、何かを思い出そうとしているかのように。
「これは……場のゆらぎじゃない。歴史そのものが揺れてる。」
この粒子現象には既視感があった。かつて理論上で封印された仮説、「観測意識が波動関数の崩壊に影響する」という論争的テーマ。今回、それは物理学の範疇を遥かに超え、時空の記録構造そのものへの干渉を示唆していた。
「Δ-φ09……これは、もうただの素粒子じゃない。




