第108章 見えない敵を捉えろ
航空自衛隊 百里基地(茨城県)/航空総隊司令部(府中)
築城・小松・三沢各基地
「JADGEネットワーク、全国警戒レベルをコード・ダーク・ゼロに移行。対弾道ミサイル戦闘における戦術空域管理を発動。航空総隊、即応迎撃任務、開始せよ」
府中の航空総隊指令センター。
モニター壁面には、黄・赤・黒で彩られた戦域図。そこに、F-15J/DJ、F-35A、E-767、地上レーダーサイトが、それぞれ“迎撃態勢入り”の緑に変わっていく。
「対処対象は、北朝鮮から発射される短・中距離弾道ミサイル、核弾頭搭載の可能性高し。誘導弾による直撃型が予想され、EMP攻撃の前兆はなし」
「本件、米軍とノータイムで戦域共有。三沢・横田・嘉手納のAWACS、すでに上空配備済み」
管制官の一人が、心の中で呟いた。
……こんな朝は、訓練以外で来てほしくなかった。
航空自衛隊 百里基地・F-15Jスクランブル準備区画
格納庫を出たばかりのF-15Jが、タキシーライトを点けて誘導路に並ぶ。
パイロットのヘルメット内には、地上指揮官の声が途切れなく流れていた。
「第204飛行隊、第2編成、即時待機解除。10分以内に上がれるか?」
「可能。防空空域A—07、即時展開に移行」
機体後部の地上整備員が、ターミナルのコードを抜く。搭載されるのはAAM-4改(中距離アクティブ・レーダー誘導ミサイル)とAAM-5(赤外線ホーミング短距離ミサイル)。
本来は対航空機用だが、上空でのセンサーネット連携により、上昇中の敵ミサイルの“トラジェクトリ制御点”への迎撃支援も任務に含まれる。
「発進3分前。射出装置、テストグリーン」
若い1尉が、ちらりと副操縦士に目をやる。
「……東京を護る、ってこういうことか」
「撃ち落とすまで、戻れんぞ」
「分かってる」
三沢基地・F-35A第302飛行隊 ブリーフィングルーム
プロジェクターに投影されたのは、予測される北朝鮮ミサイル軌道の重ね図だった。
東京湾〜多摩地域に集中する赤線が、何重にも重なっていた。
「全弾、東京直撃想定。しかも、時差発射なし。同時多発型だ。迎撃窓は数十秒」
「E-767とF-35のリンクで、弾道弾の上昇初期段階を補足、F-35のセンサーフュージョンで命中推定点を算出。必要あれば妨害弾頭への再優先付け替え」
飛行隊長が壁に貼られたミッションボードに手を置く。
「F-35はミサイル迎撃の最終確認役になる。AWACSが失われた場合、お前らが“東京の目”だ。……わかってるな?」
複数のヘルメットが無言で頷いた。
】航空総隊指令所(府中)
「E-767、関東上空進入、指揮権引き渡し完了」
「青森からの北向き軌道、赤外探知反応あり。偵察衛星のタスクキュー、同軌道に向け再配置。追跡精度向上を急げ」
作戦幕僚が、JADGE統合戦闘図を睨みながら言った。
「F-15とF-35は上空待機で構わんが、E-767が落とされたら目が潰れる。仮に空対空ミサイルが紛れ込んでた場合、どう防ぐ?」
「百里と小松から護衛機展開済み。E-767は直接攻撃には耐えられん。バリアのように機体周囲でデコイ配置」
「全弾、直撃型か。飽和というより、虐殺戦術だな」
一瞬、室内の空気が凍る。
それでも、誰かが言った。
「だからこそ、止める」
「都市上空で、空自が最後の壁になる。どれだけのパイロットが戻れなくても、だ」
管制官がカウントを続ける。
残り時間:11時間22分
迎撃ウィンドウは、1発あたり90秒。
正確な探知、完璧な連携、そして——勇気。
この空の下に、もう一つの戦争が始まろうとしていた。




