第107章 都市を護る盾たち
陸上自衛隊・市ヶ谷駐屯地 指揮所(JOC)
習志野・朝霞・立川・習志野・千葉 各地域
「J-ALERT、再度最大レベルへ。発令権限、首相指示により統合幕僚監部へ一任。敵ミサイル発射の可能性、最短で本日夕刻以降。目標は首都圏全域と推定される」
JOC(Joint Operation Center)指揮所内、電子地図に浮かぶ関東一円が真紅に染まった。
音声合成の警告メッセージが止むことなくループし、地図上には「PAC-3移動再配置」「避難ゾーン拡張」「防衛線突破時の被害想定」のポップアップが乱立する。
市ヶ谷駐屯地では、参謀幕僚が全員立ったまま命令系統を再確認していた。
「先ほど下げたアラートを再引き上げる。PAC-3部隊は待機態勢から“展開即応態勢”に移行。移動部隊は順次、予備展開地へ向け出発開始!」
「習志野、第1空挺団、館山・木更津の即応連隊にも緊急展開準備命令」
「在日米軍との共同交戦ルール、あらためて確認。情報リンクは継続。発射確認時点で即時迎撃可」
関東に展開されているPAC-3中隊は、これまでの「三重防衛構造」——
すなわち(1)基地防衛、(2)首都機能維持、(3)民間インフラ防護——に従って展開されていた。だが今、敵の攻撃はそのすべてを無視して“東京一点突破”を狙う。これまでの配置では、突破される。
その事実に、指揮幕僚たちは震えていた。
「千葉市緑区:習志野演習場北端、PAC-3車両5両、出発準備完了!」
「横田基地南方、立川の都営団地隣接空地にPAC展開地点を臨時指定、都庁が使用許可!」
通信が錯綜し、部隊本部では目を赤くした下士官が次々と端末に入力を走らせていた。
千葉・習志野駐屯地
「トラック2、発車! トラック3、電源系統チェック急げ!」
第1高射特科団第2中隊。PAC-3発射機は4両、各々が4基の発射筒を積む。
すでにこの2週間で100回近くシミュレーションを繰り返していた彼らも、今回だけは“違う”ことを肌で感じていた。
「今回は、本番だな」
陸曹長が呟いた。
隊員は答えなかった。ただ、ランチャーの周囲で次々と被膜ケーブルを繋ぎ、目視と端末でチェックを繰り返す。
ランチャー後部のコマンド端末には、すでに**“対北朝鮮弾道弾識別信号”**が読み込まれていた。
「周囲に避難所なし。住宅密集地帯。着弾したら……」
「させるな。それだけだ」
隊長の声は短く、冷たい。
東京・永田町、臨時首相避難指令本部(旧国土交通省地下防災施設)
首相の指令が、防衛省と警察庁、総務省消防庁の合同体制を通じて発せられる。
「都心への全ルートにPAC-3を分散配置。丸の内、大手町、赤坂、六本木、新宿、池袋……各ゾーンごとに最低1部隊。レインボーブリッジ近傍、湾岸ルートにも地上展開を急げ」
「避難誘導は、PAC配置完了後。パニックを最小限に抑える」
「展開中に着弾すれば?」
「……殉職も、想定内に含めてある」
言葉の重さに、誰も応じなかった。
東京駅 八重洲口
「警視庁災害派遣部隊より連絡。八重洲口の一部で、パニック発生。SNSで“東京に核が来る”と拡散中」
「現場警官が鎮圧中。だが、住民が駅構内の地下街に避難し始めている。都庁、避難誘導体制構築を要請中」
事態は、軍事作戦の外側で進行していた。PAC-3がいくら展開されようと、都市そのものが崩れていく。
JOCの一角で、1尉が呻いた。
「PACが数発止めても、10発目、20発目で抜けられたら……この都市は、もう……」
誰かが静かに答えた。
「それでも止めるしかない。ここが、最後の盾なんだ」
——あと10時間。
発射ボタンは、まだ押されていない。
だが、都市はすでに戦場となっていた。




