第80章 発射コード
DAY12 14:18 JST
首相官邸・地下危機管理センター(K-room)
官房長官が、首相の顔を見つめる。
「……最終確認です。このコードの発出は、外交による解決を放棄し、核による抑止に舵を切ることを意味します。いかなる事態が起きても、後戻りはできません」
首相は、疲労困憊の表情で頷いた。その目には、迷いはなかった。
「分かっている。これは、我々の、そしてこの国の最後の選択だ」
彼は、目の前の分厚いファイルを開き、特殊な認証端末に指を置いた。
「最終発射コードを生成。承認者:内閣総理大臣。コードネーム:《黒い閃光》」
端末が静かに光を放ち、暗号化されたデータが生成される。そのデータは、直接、海上自衛軍の専用通信衛星へとアップロードされる。
「伝送開始。コードは直接、《大和》艦長へと送信」
通信員の声が、地下室に響いた。
大和、発射コードを受信
DAY12 14:20 JST
台湾海峡 西方・《大和》艦橋
瀬戸艦長は、その瞬間を待っていた。艦橋に設置された専用端末のランプが、静かに点滅し始める。それは、政府からの極秘通信が入ったことを示す唯一の合図だった。
「艦長、政府から暗号通信。発射コードです」
通信士が、かすかに震える声で告げる。
瀬戸は、一歩も動かず、ただ静かに端末を見つめていた。彼の目の前にあるのは、ただの機械ではない。それは、この国の最高指導部が下した、最終的な決断の重みそのものだった。
「自動復号を開始」
AIの無機質な声が響き、画面に文字が浮かび上がる。
【最終計画の発射コードを承認。コードネーム《黒い閃光》】
その一文は、この艦に課せられた、運命的な使命を告げていた。瀬戸は、深く息を吸い込むと、その空気を肺の奥深くまで送り込んだ