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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン6
764/2390

第78章 最終計画 Black Flash Launch


DAY12 14:20 JST 台湾海峡・戦艦《大和》艦橋


「政府より暗号通信。最終計画の発動を承認。コードネーム《黒い閃光》――確認」

電子音とともに自動復号された暗号文が端末に表示されると、艦橋の空気は一瞬で変質した。誰もが理解していた。この一文が意味するものの重さを。震える声で報告を読み上げた通信士は、その場に立ち尽くした。


沈黙の中、瀬戸艦長がゆっくりと立ち上がる。 「発射管制を解除。特別兵装、搭載モードへ」

乾いた命令が艦橋に響く。 その瞬間、各所のオペレーターたちの指が一斉に動き出した。だが、誰の動きにも迷いがあった。通常のVLS操作とは異なる、機密扱いのオーバーライド手順。指紋認証と声紋確認を経て、画面に現れたのは、黒背景に赤く点滅する《SECRET》スロットの表示だった。


「発射制御、解除確認。対象スロット、A17――特別兵装、装填完了」

艦内奥深く、改修された垂直発射区画では、装甲ハッチが重々しく開いた。 その内側からゆっくりと姿を現したのは、滑らかな胴体を持つミサイル。 全長13メートル、ステルス形状を取り入れた異形の輪郭。


この兵器には名前がなかった。 記録にも残らず、整備員にも正体を明かされることはなかった。 ただ「搭載しておけ」と命じられ、深海から引き上げられた冷たい黒鉄の塊。

《ロナルド・レーガン》の艦底から回収された、過去の遺産。 その正体は、W-80変型核弾頭。TNT換算で最大150キロトン。 だが、重要なのは出力ではない。 ――それが「日本が行使する核」であるという事実だった。


「……本当に、撃つのですか」

南條大尉が低く問うた。その声は震えていなかったが、その問いかけ自体が、彼の中に渦巻く葛藤の表れだった。彼の祖父は歴史改変により、広島と長崎に原爆が投下されなかった世界に育ち、核兵器による死の均衡というものを机上の理論としてしか知らなかった。改変された歴史では日本も核を独自保有していた。しかし、迎撃率が100%近くまで向上した日米の迎撃技術は、核は、ソ連という仮想敵を無力化するための、遠い冷戦時代の遺物でしかなかった。


しかし、それが今、この目の前で、現実の選択肢として迫っていた。


瀬戸は何も言わなかった。ただ、艦橋の窓越しに遠く霞む台湾本島の輪郭を見据え続けていた。その眼差しに宿るのは、怒りでも激情でもない。深く、静かな決断。

彼の脳裏には、祖父の史実どおりの記憶が鮮明に蘇っていた。


「核を無力化できる技術を持ちながら、なぜ核を持つのか……。矛盾しているだろう」


かつて、南條にそう語った瀬戸自身の言葉が、今、彼を深く突き刺していた。この艦の建造目的は、核を無力化することだった。核の脅威を過去のものとし、日本が自らの手で、新たな抑止力を確立するためのものだった。


しかし、その究極の形が、この黒い弾頭だ。

彼は、この決断が、日本が歩んできた平和の道に、取り返しのつかない亀裂を入れることを理解していた。非核三原則、平和憲法──それらは、この一発のミサイルによって、過去の遺物となる。しかし、それは、この世界に与えられた唯一の、そして最後の選択肢だった。


「全面占領される前に、敵の補給拠点をつぶす」

台湾の防衛網は崩壊寸前だ。台湾軍は奮戦しているが、中国の圧倒的な物量の前では、時間の問題だった。無数のドローン、ミサイル、そして兵員が、第二波、第三波と続く。このまま座して待てば、台湾は陥落し、日本は「無能な傍観者」として歴史に名を刻むだろう。


だが、このミサイルを撃てば、事態は変わる。

この一発は、都市を焼き、人々を殺すためのものではない。それは、敵の揚陸作戦の心臓部を破壊し、中国の軍事指導部に「これ以上は許さない」という日本の揺るぎない意思を示すためのものだった。

南條は、瀬戸の横顔に、孤独な指導者の重荷を感じ取っていた。彼は、この一発のミサイルが、自らのキャリアだけでなく、日本の未来を左右する決断であることを理解していた。


「艦長、準備は完了しています」

南條の声は、もはや躊躇を含んでいなかった。それは、瀬戸の決断を尊重し、共にこの道を行くという、静かな覚悟の表明だった。


瀬戸は、かすかに頷き、最後の命令を下すために、再びマイクに手を伸ばした。彼の指先は、ごくわずかに震えていたが、その瞳は、一点の曇りもなく、ただひたすらに、未来を見据えていた。


「特別兵装、発射準備完了 確認」

「発射角度、ゼロ。シースキミング軌道を初期設定 確認」


モニターに真紅の経路が描かれた。

それはまず海面すれすれを這い進み、敵の迎撃レーダーに捕捉される距離まで侵入する。そこで突如、異常な急上昇を行い、敵防空網を攪乱する軌道だった。


瀬戸艦長は静かに頷いた。

「……これは、脅しではない。これが“現実”だ」

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