第38章 北京の決断
DAY11 20:00 CST
北京・人民大会堂 地下特別会議室
分厚い防音扉の向こう、長い机の上には朝鮮半島の作戦地図が広げられていた。
「――ソウルを奪還されました」
中央軍事委副主席が静かに言う。
「はい。市街戦は48時間で終結。北軍は組織的な抵抗が困難な状況です」
重い沈黙が会議室に満ちる。机の上に置かれた紙コップの湯気だけが、静かに揺れていた。
軍強硬派(人民解放軍参謀)が口を開く。「北の政権が崩壊すれば、米韓軍が鴨緑江に到達する。我々の東北は丸裸だ。鴨緑江の向こうにM1エイブラムスが並ぶ姿を想像してみろ。参戦を検討すべきだ」
外交部長が反論する。「しかし現在、中国は台湾正面で作戦中だ。主力を朝鮮に回せば、台湾作戦が崩壊する。米国はロシアとの衝突を覚悟でここまで踏み込んでいる。ここで直接軍を出せば、それは全面戦争だ」
政治局常務委員が厳しい視線を投げかける。「ではどうする?北が完全に崩壊すれば、国境に米軍が来るのだぞ。これは第二の1950年だ」
机の上に置かれた古い白黒写真が映し出された。仁川上陸後、鴨緑江を目前に進軍する米第一騎兵師団──その史実の光景だ。
国家主席は腕を組み、深く目を閉じていた。
「我々は、歴史を繰り返している。だが、1950年とは違う。我々は経済、情報、外交力を持っている。直接の軍事介入はしない。だが、国境に部隊を即時展開し、域内における我々の影響力を確固たるものにせよ。北の核技術者、そして指導部の中枢を保護し、速やかに国内へ移送するのだ」
会議室は再び沈黙した。
それは「北を助ける」のではなく、「北の遺産を確保する」という冷徹な決定だった。
壁の時計が静かに進む中、誰もが理解した。
この選択は、米韓による北全土制圧を黙認することを意味する。