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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン6

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第33章 菊のご紋


DAS10 +6時間


東シナ海、戦艦大和沈没地点上空 - 海上自衛隊海洋観測艦にちなん甲板


秋晴れの空の下、東シナ海の波は穏やかに陽光を反射していた。海上自衛隊の海洋観測艦にちなんの広々とした甲板では、白亜の深海探査艇《しんかい6500》が、その無骨な姿を静かに横たえている。昨晩、佐世保を出港した《にちなん》は、目的の海域へと順調に航行してきた。


今日のミッションは、戦艦大和の艦首部分に存在する菊の紋章の現状を詳細に調査し、将来的な回収の可能性を探るための精密なデータ収集を行うこと。東シナ海は準戦時状態であったが、重要な学術調査は継続されていた。


《にちなん》のブリッジでは、今回の調査チームを率いる海洋研究開発機構(JAMSTEC)のベテラン研究員、山下博士が、最新の気象海象データを確認していた。傍らには、海上自衛隊の潜水艦救難隊から派遣された潜水士長、田中一尉が、装備の最終チェックを行っている。


「波高0.8メートル、潮流は緩やか。潜航には理想的なコンディションです」


山下博士が、落ち着いた声で報告する。田中一尉は頷き、「《しんかい》の状態も良好です。パイロットのベテラン倉田さんも、準備万端とのことです」と応じた。


甲板では、《しんかい6500》を覆っていた耐候性のカバーが取り外され、陽光がチタン合金製の白い船体に反射する。全長約9.7メートル、重量約26トン。《しんかい》は、6,500メートルという深海まで潜航し、数々の深海探査ミッションを成功させてきた、まさに「深海の勇者」だ。その小さな窓の奥には、今回のミッションの要となるパイロットの倉田三佐と、研究員の姿が見える。


「いよいよだな」


山下博士は、感慨深げに呟いた。今回の調査は、単に技術的な可能性を探るだけでなく、歴史の重み、そして多くの人々の感情が複雑に絡み合った、非常にデリケートなミッションであることを理解していた。




「深度、300メートル通過。船体各部、異常なし」


《しんかい6500》の船内は、外界の光が届かない漆黒の世界となっていた。パイロットの倉田三佐は、ソナー画面や各種計器の表示を冷静に確認しながら、微調整を繰り返している。隣に座る研究員の松浦博士は、水圧や水温、そして船体の傾斜を示す数値を記録していた。


「目標地点まで、あとわずかです」


倉田三佐の声は、静かだが自信に満ちている。長年の経験から、彼は深海のあらゆる状況に対応する術を身につけていた。


やがて、ソナー画面に海底の地形が鮮明に映し出される。巨大な塊、それは紛れもなく、70年以上もの間、この深海で眠り続けている戦艦大和の姿だった。


「目標、視認。艦首方向へ接近します」


《しんかい》は、ゆっくりと海底へと降下していく。船体に装備された高輝度LEDライトが、漆黒の闇を切り裂き、海底の様子を照らし出す。堆積した砂泥の中に、巨大な鋼鉄の塊が横たわっている。それは、想像をはるかに超える威圧感だった。


「艦首、接近。菊の紋章、視認」


松浦博士の声が、わずかに震えた。モニターに映し出されたのは、泥と海洋生物に覆われながらも、確かにそこに存在する菊の紋章だった。直径1メートル。それは、かつての日本の象徴。無数の砲弾が飛び交った激戦を生き抜き、そしてこの深海で静かに眠り続けてきた証。


「カメラ、ズームイン。高解像度カメラを作動させます」


松浦博士の指示に従い、船体に装備された高性能カメラが、菊の紋章にゆっくりと焦点を合わせていく。モニターには、紋章の細部が克明に映し出された。花弁の形状、表面の質感、そして長年の歳月による腐食や付着物の様子。


しかし、松浦博士は次の瞬間に言葉を失った。


「これは…ありえない」


2016年に呉市が行った調査映像と比べると、その保存状態は格段に優れていた。泥の付着物は剥がれ落ち、わずかな腐食はあるものの、花弁の縁には、まるで時間が逆行しているかのように、かすかな金色の輝きが見えたのだ。深海の圧力と時が、この紋章の劣化を遅らせるどころか、まるで修復しているかのような錯覚に陥る。


「3Dスキャナーを作動させます。紋章の形状と周囲の構造物の位置関係を正確に記録します」


松浦博士は、動揺を抑えながら指示を出す。この異常な現象は、科学的に説明がつかない。まるで、大和の艦体が、何か得体のしれない力によって「生きている」かのように、その象徴たる紋章を再生させているかのようだった。


「接写を行います。材質の劣化具合を確認するための非破壊検査装置を作動させます」


マニピュレーターが慎重に伸び、紋章の表面に特殊なセンサーを接触させる。微弱な電流を流し、その反応を分析することで、金属の強度や腐食の進行度合いを非破壊で測定する。


数時間にわたる詳細な調査の間、《しんかい》の船内は、静寂と集中に包まれていた。パイロットは、潮流に逆らいながら、正確な位置を維持する。研究者たちは、送られてくる膨大なデータを分析し、記録していった。

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