第29章 空の咆哮
DAY10 14:42 JST
台湾・台東県 成功鎮臨時報道拠点(旧漁港倉庫内)
【視点】 (新聞記者)
天井が軋んだ。爆音は、遥かな高さであるにもかかわらず、地響きのように野間の腹を揺らした。捨てられた漁港倉庫、その一角を仮設報道拠点に転用して三日目。軍用の光ファイバーと臨時電源が床を這い、壁のブロックには「特定機密情報保持領域」の札が無造作に貼られていた。
「聞こえるか、F-35のエンジンだ」
傍らでレンズを磨いていたカメラマンの真柴が、レンズフードの向こうから呟く。
《…バンシー 1から海部へ、ボギー確認、2 グループ、高度 18,000、速度 0.9 マッハ、ベクトル北東...》
日本語と英語が入り混じる暫定管制通信が、全体的に流れてくる。
野間遼介は倉庫裏のスチールシャッターを上げ、眩い白昼の空を見上げた。すると、一瞬の「閃光」が水平線の上空に走った。
「……フレアか?」
反射的に双眼鏡を手に取ると、遥か彼方、海岸線から角度30度の高さに、機影が点のように見えた。そのすぐ下、台湾山岳部の稜線をなぞるようにして、敵のドローンスウォームが進行中なのが見えた。
「迎撃だ……」
真柴がレンズを向け、次の瞬間を息を殺して待っている。
F-35の主翼から何かが放たれた。直後、空中で何かが“引き裂かれ”、そして無音のまま爆散した。ミサイルか、もしかしたらレーザー誘導爆弾か。高空で煙の筋も見えない。ただ、雲の切れ間に破片のような影が四散し、黒い点が雨のように消えていく。
その場では誰も声を出せない。しかし、戦闘は終わっていない。
《…KaifuからBanshee-1へ、複数のヒートサイン、45マイル、新たな山賊の到来、リクエスト・レベクター…》
通信は続いている。戦いは、見える範囲よりも遥かに広い空で行われていた。
野間はメモ帳を開き、震える手でこう記した。
「防衛機、台湾上空にて継続的な制空維持。空戦は断続的に進行。目視によるミサイル発射確認。命の線は、空から守られている。」
それは事実だった。台北が陥落しても、この東半分は、まだ守られている。




