第10章 最終選択(核の報復か、威信か)
DAY8 18:30 JST(米国東部時間 DAY8 05:30)
ワシントンD.C.・ホワイトハウス シチュエーションルーム
シチュエーションルームは、もはや議論の場ではなかった。それは、絶望的な賭けを巡る最後の審判だった。画面に映し出された平壌の航空写真が、議論の重さを物語っている。
「大統領、北軍はすでに正規軍としての機能を失い、ゲリラ戦に移行しています。しかし、これは罠です。北朝鮮の国歌主席は、初戦で家族を失ったと我々は見ています。彼には、もはや失うものがない。彼を追い詰めれば、核のボタンを押す可能性は極めて高い」
統合参謀本部議長が、厳しい表情で告げる。
「その標的は、ソウルの在韓米軍基地、嘉手納、横須賀といった在日米軍基地、そして自衛隊の主要基地です。そして…最も可能性が高い標的は、東京です。彼らは、核兵器を失った威信の代償として、日本に壊滅的な打撃を与えようと考えるでしょう」
部屋に沈黙が降りた。東京への核攻撃。その言葉の重みは、誰もが理解していた。数百万人の命が、一瞬で失われる。
「それでも、侵攻を中止するわけにはいきません!」
国家安全保障担当補佐官のカーティスが、テーブルを叩いて立ち上がった。
「彼らが核を持つ限り、我々の脅威は消えない。ここで止まれば、世界はアメリカが北朝鮮に屈したと判断する。国際秩序は崩壊し、核拡散は止められなくなるでしょう。核の報復リスクは高い。しかし、我々はソウルを奪還し、ここまで来た。今、止まるのは歴史的な失敗です!」
国防長官が、冷静に反論する。
「それは、自国が安全圏にあるから言えることです。日本は、我が国の最も重要な同盟国です。東京が攻撃されれば、日米同盟は崩壊し、国際社会からの非難は避けられません。我々は、この新たな脅威を排除するために、精密攻撃やサイバー攻撃といった、より洗練された方法を模索すべきです」
その言葉に、CIAの主任分析官アシュリーが口を開く。
「大統領、我々の分析では、北朝鮮のミサイル発射システムは、通常の指揮系統から切り離され、単独で発射される可能性が高いです。**『デッドハンド』**のようなシステムが構築されている可能性があります。もし彼らが核攻撃を実行すれば、それを止める術はありません」
大統領は、疲れた顔で全員の意見を聞いていた。彼の脳裏には、数時間前に破壊された機甲部隊の光景が蘇る。
(核の報復。未来の兵器。その両方を抱えて、我々は進むべきなのか…)
一歩踏み出せば、東京に核が落ちるかもしれない。しかし、踏み出さなければ、北朝鮮の脅威は増し、アメリカの威信は地に落ちる。
「…将軍。空爆による限定的な攻撃で、敵の核施設を破壊できる確率は?」
大統領の問いに、ヘンリー将軍は黙って首を振った。
「彼らは、核施設をすべて地下深くに隠しています。この空爆では不可能です。地上部隊を送り込まなければ…」
大統領は、椅子に深く腰掛けた。彼の目は、誰もいない虚空を見つめていた。
「…ならば…地上部隊による平壌侵攻を…」
彼の言葉は、部屋の誰もが息をのむほど重く響いた。その決断は、人類史上、最も危険な賭だった