第1章 歴史のねじれ(水爆開発)
ニューメキシコ州ロスアラモス・極秘研究所
1946年7月
1946年、ロスアラモスは熱気に包まれていた。それは、砂漠の暑さだけではなかった。
ロナルド・レーガンの元乗員たちは、もはや「記憶喪失者」として、米軍の研究者たちと肩を並べていた。彼らの脳裏には、2025年の未来の記憶はなかった。代わりに、この1945年の世界で植え付けられた偽りの記憶が、彼らの心を支配していた。ある者は、第二次世界大戦で戦闘機が撃墜され、奇跡的に生還したパイロットとして。別の者は、最新の物理学を研究する若き天才科学者として。彼らは、与えられた「過去」を信じ込み、その驚異的な知識と技術を、惜しみなく米軍に提供していた。
プロジェクト「タイタン」
それは、アインシュタインの相対性理論を遥かに超える、未来の物理学だった。核融合炉の原理、クォーク・グルーオン・プラズマ、反物質の生成…そうした「記憶」を失った彼らの知識が、惜しみなく米軍の研究者たちに渡されていった。
「グレイヴス…君は本当に素晴らしい。こんなに早く、核融合の鍵を握るプラズマ制御の理論を完成させるなんてな」
「グレイヴス」と呼ばれた男は、もはや自分が未来から来た軍人だという記憶を持たず、ただただ与えられた研究に没頭していた。彼は、モニターに映し出された複雑な数式を、迷うことなく書き換えていく。その数式は、重水素と三重水素を強制的に核融合させるための、前例のない理論だった。
その結果、ロスアラモスは、新たな極秘プロジェクトに移行する。プロジェクト名「タイタン」。それは、原子爆弾を遥かに凌駕する、水素爆弾の開発計画だった。史実では1952年まで成功しなかった水爆開発は、ロナルド・レーガン乗員たちの未来の知識によって、驚異的な速度で進んでいった。
実験の成功と歴史の分岐
1946年7月。
ニューメキシコ州の砂漠の真ん中で、人類史上初の水素爆弾の爆発実験が実施された。核融合反応が連鎖し、巨大な火球が空に立ち昇る。その光景は、トリニティ実験のそれを遥かに上回る、圧倒的な破壊力だった。
「成功だ!これでアイビー作戦の実験データが10年も早く手に入ったぞ!次は、キャッスル作戦で小型化の検証だ!」
米軍の将校たちが歓声を上げる中、「グレイヴス」はただ静かに、その光景を見上げていた。彼の目に映る光は、彼が故郷と呼んだ2025年の世界には、存在しなかったはずのものだった。
そして、この瞬間、歴史は決定的に分岐した。
史実では、第二次世界大戦後、米ソの冷戦が始まる。しかし、このパラレルワールドでは、アメリカが水爆という圧倒的な力を手に入れたことにより、その歴史の流れは、まったく予測のできない方向へと加速していくことになる。
ロナルド・レーガン乗員たちの失われた記憶は、歴史をねじ曲げる力となり、彼ら自身の故郷であるはずの未来の世界をも、飲み込んでいくのであった。