第69章 帰還 曳航線)
DAY7 +6時間後
水平線の東端に、微かな曙光が滲み始めていた。夜を越えた空気には、まだ硝煙と焼けた重油の匂いが混ざっていたが、遠く那覇の都市の輪郭からは、朝の湿気を含んだ土と植物の匂いが、確かに感じられた。
戦艦「大和」の艦橋、最上層。南條正義艦長は、指先にほんの少し湿り気を感じながら、前方に広がる艦首の甲板を見ていた。鋼鉄の肌は抉られ、爆風でめくれた装甲が幾層にも折り重なり、焼け焦げた塗装がまだら模様となっている。
「……よく、この船体でここまで来たものだな」
誰にともなく、南條はぽつりと呟いた。隣にいた副長・加瀬中佐は、黙って頷いたまま、その視線を前方の海面に向けていた。
大和の曳航隊列は、海上自衛隊艦隊によって意識的に構成されていた。先頭には、補給艦「とわだ」。全長167mの巨体が、大和の沈みかけた艦首を支えながら進む。両舷には、「おおすみ」と「あさぎり」が並走。広い吃水と通信中継を担っていた。後衛には、「いなづま」が護衛し、小型ドローン掃海艇が索敵を継続。艦橋右端のデジタルモニターに、曳航速度「4.2ノット」、制御距離「0.47km」の表示が静かに点灯していた。
艦内通信は必要最低限。無線は、戦闘海域の沈黙を引きずるように控えめだった。曳航索は、波に揺られながらもその役目を果たしていた。その振動は繊細に艦体に伝わり、艦底では、機関部の自動排水装置が断続的に稼働していた。
「この艦が——まだ、諦めたくない、と言ってるような気がするよ」




