第68章 サンライズリバティー作戦発動
DAY8 01:00 KST
韓国・東豆川市北部・米韓合同軍指揮所
道路封鎖地点から、大友遥人は韓国軍の兵士に連行され、簡易的なテントが立ち並ぶ後方の指揮所へとやって来た。彼が連れてこられたのは、錆びついたコンテナを改造した、臨時の司令室だった。中では、韓国軍の将校と、複数の米軍将校が、モニターに映し出された地図を囲み、真剣な表情で議論を交わしている。
「…無許可で、この通信周波数帯を傍受していたのか?」
一人の米軍将校が、流暢な日本語で大友に問いかけた。彼の階級章は、この場の最高責任者であることを示唆していた。大友は、リュックから取り出したスペクトラムアナライザを黙って差し出した。将校は、その画面を一瞥し、意外にも不敵な笑みを浮かべた。
「面白い。君は、報道規制が敷かれているこの場所で、正規のチャンネルを迂回して、我々の作戦通信を読み取ろうとした。通常なら拘束だが…君の眼力は評価に値する」
将校は、大友の目をまっすぐに見据えた。
「作戦名『サンライズ・リバティー』。ソウル奪還に向けた大規模反攻作戦だ。君は、その計画の存在を、機器一つで嗅ぎつけた。そこで提案だ。我々の作戦に同行しないか?」
大友は、一瞬、自分の耳を疑った。野間がいない今、単独で、しかも非公式でここまで来た彼に、まさか「従軍」を許可するとは。
「…なぜ、私に?」
「君の所属は日本の通信社だったな。この作戦が成功すれば、世界にその正当性を広く伝える必要がある。我々のプロパガンダではなく、君のような『第三者の目』を通して。ただし、条件がある」
将校は、厳しい口調に変わった。
「君は、独立した行動は一切許されない。我々の指示に従い、指定された場所に留まること。そして、記事はすべて、我々が検閲する。この条件を飲めないなら、君は今すぐここを離れることだ」
大友の心臓が、激しく高鳴った。恐怖と、抑えきれない興奮が入り混じる。これは、この目に焼き付けた戦場の真実を、世界に伝える唯一のチャンスだ。彼は迷うことなく、頷いた。
「…従います」
時刻は、深夜を過ぎていた。大友は、将校に手渡されたヘルメットと防弾チョッキを身につけ、指揮所の外に出た。空はまだ暗く、星が瞬いている。しかし、その静寂は、すぐに破られた。
「リバティー作戦、カウントダウン開始!」
どこからともなく、英語の無線通信が聞こえてきた。そして、その声に呼応するかのように、背後の山々から、重低音が響き渡り始めた。
「…ファイア!」
ドォォォォン…!!!
後方に位置するK9自走砲が一斉に火を吹く。その轟音は大地を揺らし、大友の鼓膜を激しく震わせた。夜空を切り裂き、無数の火線が、北へ向かって飛んでいく。
「全線、前進開始!」
前方の道路から、戦車の履帯がアスファルトを砕く轟音が聞こえてきた。K21歩兵戦闘車が、地を這うように進んでいく。大友の目に映るのは、これまで見てきた局地的な小競り合いとは全く異なる、巨大な軍事機械が動き出す光景だった。
彼は、もはや一人の人間ではなく、ただの記者でもない。サンライズ・リバティー作戦という巨大なうねりの中に、自ら身を投じた従軍記者として、その第一歩を踏み出したのだった。