第64章 深海の真実
内閣官房・地下執務室/DAY6 午前4:00 JST
地下の執務室は、夜が明ける前の冷たい静けさに包まれていた。だが、その空気は、張り詰めた緊張で満たされている。内閣官房長官と国家安全保障局の作戦調整官は、メインスクリーンに映し出されるリアルタイムの映像を、息をのんで見守っていた。
画面中央には、深海に沈む巨大な空母の艦影がぼんやりと映し出されていた。これは、JAMSTECのROVが送ってくる映像だ。その視界は暗く、ROVのLEDライトが照らし出す狭い範囲だけが、かろうじて現実を物語っていた。
「ROV、艦内への侵入を開始…」
作戦調整官が、無機質な声で状況を報告する。
彼らの任務は、米軍にも知られていない、タイムスリップした最新鋭空母「ロナルド・レーガン」から、その搭載核兵器を密かに回収すること。そして今、その任務は最終段階を迎えようとしていた。
画面が切り替わる。ROVのライトが、艦内の狭い通路を照らし出す。至るところでケーブルが垂れ下がり、パイプがねじ曲がっていた。艦の稼働電源は当然死んでいる。だが、セキュリティ電源だけは生きているため、ROVはマニピュレーターを使ってロックを手動で解除しなければならなかった。
「SWR(Special Weapons Room)に最も近い昇降機を発見。動力は失われているが、まだ使用可能と判断します」
通信の向こうから、ROV操縦士・井川透の声が響く。
「手動で動かすのか……」
官房長官が小さく呟く。
画面に映し出されたロボットアームは、滑車を掴み、そのトルクを使ってゆっくりと昇降機を下降させていく。その動きは、まるで命を吹き込まれたかのように繊細だった。
数分後、ROVの視界が開けた。そこに映し出されたのは、厚い鋼鉄の扉に囲まれた広大な区画。そして、厳重に固定されたコンテナの数々だった。
「目標を確認しました……」
井川の声が、わずかに震えているのが聞こえた。
「区画内にB61-3/4型核弾頭を搭載したHDBTが、16基以上……」
官房長官は、椅子に深く沈み込んだ。
「……信じられん」
その呟きは、東京大学地震研究所の椎名准教授から漏れたものだった。彼はオブザーバーとしてこの場に立ち会っている。地質学の専門家である彼にとって、目の前の光景は非現実的な、異世界の出来事のように映っていた。
「作戦続行。我々はこれらの核弾頭を、この海に存在してはならないものとして回収する」
若松艦長が命令を下す。
画面に映るロボットアームが、静かに核弾頭に伸ばされる。その先に映るのは、人類の歴史を決定づけるほどの、静かなる脅威だった。
官房長官は、冷たい汗を手のひらに感じながら、その光景をただ見つめていた。