第62章 境界線の向こうへ
DAY6+15時間
長崎県・対馬北部/陸自・浅茅湾臨時監視所
午後の陽射しは、瓦礫と化した旧漁港を無情に照らしていた。岸壁の先、数キロ先の水平線の彼方は、すでに戦時海域と化している。陸上自衛隊の小型無人機が定時飛行を終えて戻り、観測所のモニターにノイズ混じりの映像が流れ続けていた。
大友は、使い古した電波受信機をテーブルに置き、手元の防水端末に目を落とした。画面には、野間遼介が台湾東部・花蓮に単身上陸したという非公式通信が表示されている。発信元は「報道コード」と記されていた。
「……やりやがったか、野間」
誰に聞かせるでもなく、吐息のように呟く。彼も同様にコンバットフォトグラファーの素養を持っていた。行動は慎重を極めるが、決断するときは大胆かつすばやかった
「台湾であの男がやるなら、おれもやるしかないだろう……」
隣のモニターには、釜山港から北へ延びる爆煙の衛星画像が映し出されていた。あちら側も、もはや「国家の境界」が通用せず、戦場と化していた。
「こっちは韓国側”に入らないと――やつと均衡が取れない」
彼は立ち上がり、防弾ベストと簡易電子妨害装置をザックに詰める。外には、小型の偵察艇が係留されていた。その艇の運用担当の3曹が、声をかけてくる。
「大友さん、……本気ですか?」
「越境はしない。あくまで“海域監視”という名目だ。非公式通信は出さない。釜山沖に近づいたら、俺だけ降ろしてくれ」
「……あちら、もう無線が乱れています。連絡がつく保証はない」
「俺も、いつ戻れるかわからない」
背中のリュックには、暗号化された高感度無線受信装置と旧式のアナログノートだけ。
「――情報屋が行かなきゃ、何もかも“沈黙”の中で死ぬだけだ」
そして大友は、誰にも見送られず、ひとり海自の小型艇の後部に身を沈めた。