第59章 影を踏む者
DAY5+21時間
台湾本島・花蓮市近郊/臨時報道拠点
瓦礫と瓦礫の隙間を縫って、野間遼介は歩いていた。背中のカメラバッグには予備電源、交換レンズ、そして台湾国防部が発行した一時許可証。
野間が最初に向かったのは、花蓮市立総合病院の仮設医療拠点。本院はすでに半壊しており、搬送は裏庭のテント施設で行われていた。
「――今、ここにいるのは、空爆から逃れた者じゃありません。『戻ってきた人』です。家族を探しに」
そう語ったのは、現地で活動していた日本赤十字医療団の看護師、黒岩。彼女は、身元不明の少女の手を握りながら言った。
「この子は、南部から避難してきた。誰かがここまで連れてきたけど……その“誰か”はもういない」
野間はその瞬間、カメラを構えるのを一瞬だけためらったが、手は自然とファインダーを覗いていた。
次に野間が向かったのは、市中心部から5km離れた国防部第3作戦基地。台湾東部方面軍の即席司令部が仮設された小学校跡で、記者バッジは通用しなかった。
「許可されたのはCNA(中央通信社)と、米軍附属報道官のみです」
門前払いされた野間は、代わりに周辺の無線を拾い、単独通信ボランティアと接触する。
「ここで起きてるのは戦争じゃない。**演算された『対AI戦』**なんだよ」
その青年は、ノートPCの画面を一時的に見せながら言った。画面には、ドローンの航行跡と電波干渉の記録が映っていた。
その日の夕方、野間は街外れの元トラック倉庫に向かった。そこには、台北から来た義勇兵たちの小隊(民間出身)が拠点を置いていた。
「俺は元・ゲーム配信者。だけどもう“配信”する暇なんてない。今は現実のFPS(戦場)で、味方を守っている」
男は笑って言ったが、その目には疲労と恐怖の色が残っていた。
「もし撮れるなら、俺らの『背中』を撮ってくれ。今顔なんか映されても、どうせ政府は認められない」
野間は答えた。
「――顔じゃない。声だ。この場所で、何を感じたか。あなたの“言葉”が、誰かのためになる。そのために、私はここにいる」
その夜、野間は花蓮港近くの廃倉庫に身を寄せた。衛星通信は干渉を受け、原稿は送れなかった。バッテリーは残り15%、だが彼はカメラの電源を入れた。
「Day5・台湾・花蓮――」