第58章 赤十字の旗の下で
DAY5 +12時間
台湾東方海域
中国の水中ドローンによるEMP攻撃で「大和」が完全に無力化された後、艦橋は沈黙に包まれていた。外部との通信は途絶し、無人兵器の運用能力も失われた。大和は、ただ潮の流れに任せて漂流する巨大な鉄の棺と化していた。
その頃、台湾東方海域には、海中を静かに滑る別のドローンが存在していた。
それは、中国の「雷鯨」でも、日本の「MNV-5R改」でもない。
機体に記されているのは、真紅の十字架。
国際赤十字社(ICRC)のドローンだった。
このドローンは、国連安保理での「人道回廊」設立決議が失敗した後、ICRCが独自に現地の人道状況を確認するために派遣した、小型の自律型観測機だった。
「この海域に、日本の再就役艦『大和』がいます。至急、接近し、状況を確認してください」
ジュネーブの本部から、ICRCのAI管制システムに指令が送られる。
この指令は、単なる人道的な任務だけではなかった。
ICRCは、このドローンが日本と中国の間で起きている「見えない戦争」の証拠を捉え、国際社会に提示する可能性があることを理解していた。
そして、もう一つの目的があった。
「赤十字」のドローンが、日本の艦船に接近し、その存在を中国側に知らしめること。
もし中国がこのドローンを攻撃すれば、国際社会からの猛烈な非難に直面する。そして、もし攻撃しなければ、「大和」は、赤十字の旗を掲げたドローンに守られる形となり、中国はそれ以上の攻撃を続けることが難しくなる。
「大和」は、EMP攻撃で沈黙させられた。
しかし、その沈黙は、今、別の形で利用されようとしていた。
赤十字のドローンは、無力化された「大和」に静かに接近していく。その小さな影が、中国の監視システムに捉えられた時、この海の戦争は、新たな局面に突入する。
それは、単なる軍事行動ではない。国際法と人道の盾を巡る、静かなる防衛戦であった