第53章 漂流する巨艦
DAY5 +12時間
台湾東方海域/DAY5 23:05 JST
衝撃は、地を這うような鈍い轟音とともに艦全体を揺さぶった。耳をつんざくような金属の軋み、そして何かが引き裂かれるような鋭い音が響く。若松艦長は、その一瞬で平衡感覚を失い、よろめいた。眼前では、先ほどまで光を放っていたモニターが、すべてブラックアウトして沈黙している。計器の針は狂ったように震え、非常灯の赤い光だけが、不気味に明滅していた。
「機関科より!大至急報告せよ!」
若松の叫び声は、艦内に響き渡る警報音にかき消されそうだった。
「艦長!艦底、水中ドローン発艦ハッチ周辺で大破孔発生!浸水開始!水位、急上昇中!」
「ダメージコントロール班、緊急出動!ポンプ、全基稼働!」
その時、機関科から入電が入る。通信士官の声は、震えていた。
「機関停止!主ボイラー3基中2基が損傷!蒸気圧、急激に低下しています!」
若松の顔から、血の気が引いた。EMP攻撃は予期していた。だが、機雷攻撃まで考慮していなかった。ボイラーの損傷は、この艦の最大の弱点の一つだった。現代的なガスタービン補助機関は無人兵器の運用電力を賄うもので、航行を支えるのは、依然としてボイラーが生み出す蒸気だったのだ。その生命線が、今、いとも簡単に断ち切られた。
「浸水速度が速すぎます!応急処置では間に合いません!」
悲痛な叫びが無線から届く。それは、これまでの静かな戦争とは一線を画す、圧倒的な物理的破壊がもたらされたことを告げていた。艦は、もはや推進力を失い、ただ潮の流れに任せて漂流を始めていた。
艦橋の窓から見下ろす海面は、うねるように波打っていた。先ほどまで感じていた力強い前進の振動は消え、代わりに、寄せては返す波の力に、鋼鉄の巨体がきしみながら揺れる。まるで、この鉄塊が、その重すぎる運命から逃れようともがいているかのようだった。
「電力消費、現在の速度で残り1時間!防御態勢は維持できません!」
通信士が、かすれた声で報告する。わずかに残された電力は、非常用のリチウムイオンバッテリーによるものだけだ。
「通信士!本国に現在位置と状況を知らせろ!」
通信士は必死に回線を繋ごうとするが、先ほどのEMP攻撃により、衛星通信も長距離無線も使えない。わずかな短距離無線だけが、ノイズまじりに声を拾う。
「ダメです!通信網が……完全にダウンしています!」
その時、遠くの海面から、不気味な光が揺らめいた。レーダーが使えない今、目視で確認するしかない。それは、中国の無人艦艇群だった。点滅する光は、まるで獲物を追い詰める捕食者の目のようだった。
「畜生……」
若松は歯ぎしりをする。
大和は、無人兵器の運用能力を失い、機関も停止し、完全に無力化された。もはや、反撃の手段はない。
漂流する巨大な鉄の棺。その上に立つ彼らは、ただ迫り来る死を待つしかなかった。