第46章 越境
DAY5 +12時間
沖縄県・宮古島/旧基地島空港・仮設前線基地
滑走路脇に残された米空軍のC-130Jが、深くうなりを上げていた。それは、最後の民間人退避便だ。しかし、野間遼介は、その搭乗列に並んでいなかった。
手元には、現地で拾った軍用ヘルメットと、破損した通信端末、そして塩水をかぶったままのカメラがひとつ。その直前、防衛省の非公式通信で――「大和が台湾東岸に向けて出港した」という情報が、彼の元に届いていた。
それを知った瞬間、彼の中で、一つの決意が固まった。
「野間さん、本当に行かないんですか?……今、台湾はもう“後方”じゃありませんよ」
そばにいた陸自警備員が声をかける。野間はその言葉に短く笑って、答えた。
「『わざわざ』行くバカが、一人くらいいてもいいだろ。誰も見に行かないなら……俺が行く」
行き先は「台湾本島」――前線都市・花蓮
彼が本気で目指すのは、台湾東部・花蓮市。数日前、地震と空襲を同時に受けたこの都市は、現在人道回廊を要請中であり、台湾第5戦線の拠点ともなっていた。
「台北はもう機能してない。だが花蓮なら、まだ“土台”が残っている。ここに誰が抗っているのか、世界は知らない。――」
彼に用意されたのは、台湾国防部が水面下で協力する災害支援NGO運営の小型セスナ・キャラバン。表向きは「医療物資の搬送機」だが、実際には報道関係者や特殊任務要員が入る非正規チャネルだった。
操縦席の台湾人パイロットが言う。
「花蓮の滑走路には照明がない。北側に戦車の残骸も残っている。尻を滑らせたら、尻をうつぞ」
パイロットの意味不明の片言の日本語のジョークに野間はヘルメットの下で、不敵に笑った。
「人道回路はまだ設置されていない。帰りの便はねぇからな。着いたら、あとは『現地に溶け込む』しかないぜ」
野間は短く頷いた。
「それでいい。カメラはまだ動いている。――なら、行く意味はある」
機体は、沖縄防空網の隙間を縫うように離陸した。与那国島の南端を掠めると、機は南南西へ旋回。高度600メートルを保ったまま、台湾東部へ向かう。
自衛隊も、米軍も、その存在に気付いていないはずがない。しかし、誰も止めない。
「国としては関与しない。でも、国民の行動は止めない。……そんな逃げ道を、政府は選んだんだな」
花蓮空港は、すでに滑走路機能を放棄していた。戦火と地震で空港は半壊し、敵の照準範囲にあり、着陸は不可能だった。機は進路を東の海岸線に変更する。
野間は機内で防水パックと耐弾ベストを装着し、もしもの不時着水に備えて、搭載されていた耐弾性の簡易エアボートの投下準備をする。