第44章 ソウル 火線の都市
DAY5 +6時間
ソウル市北部・楊州 第2機械化戦闘旅団前進CP
コンクリートの指揮壕は、汗と埃と、かすかな火薬の匂いが充満していた。空調はうなりを上げていたが、一瞬、湿気を孕んだ空気が肌にまとわりつく。ブリーフィングパネルの地図には、ソウル北縁から延びる漢江ラインに、赤い警告ラインが三本走っていた。
「ただいま、ステータス更新!」
リード中佐の怒号が飛ぶ。彼は、目の前のモニターに映る民間避難列車の残骸に、拳を握りしめていた。
「サー、14時22分、北から再び砲撃。コクサン170mm自走砲と推定。漢江北岸に着弾。最前線にいた民間避難列車が……やられました」
S-2情報将校は、震える声で報告する。その声は、唇を噛みしめる音でかき消されそうだった。漢江の橋は、すでに数本が破壊され、ソウル市街への流入経路は、絶望的なまでに制限されていた。
「ATACMS発射許可は?」
砲兵連絡将校が、タブレットに手をかける。リードは即答した。
「許可が下りた。『ATACMS-ER、block-II』。ターゲットは、データベースに照合された第620砲兵司令部のTEL群」
「了解、座標入力完了。キャンプ・ハンフリーズより即時発射します」
数秒後、京畿道南部の空を切り裂いて、二つの閃光が駆け抜ける。韓米軍のM142 HIMARS車両が発射した2発のミサイルだ。その轟音は、指揮壕の奥にまで響いた。
「目標接近中……弾頭開裂、CLGP(脅威誘導)モード起動……命中確認、システムダウン反応あり!」
作戦室の一角に、赤外線映像の『熱源消失』が映る。ミサイルが直撃した場所では、複数のTELと支援車両が吹き飛び、熱を失い、冷たい残骸へと変わっていた。
通信機から、掠れた声が聞こえる。「サー、韓国軍からの補足情報です。敵の一部は『露出誘導』をとっています」
「……露出誘導?」
「空襲で避難が集中している地点を、わざと撃たせて、民間人の被害を増幅させる。国際世論の反発を狙っているようです」
「奴ら、地獄に落ちる覚悟か……」
リードは、唇をひきつらせる。その表情は、怒りよりも、深い絶望に満ちていた。
「サー、前進観測班より、漢江南岸に北のドローン群侵攻確認。自爆型と推定されます」
SkyHunter、投入スタンバイへ。KAMDと重複領域でミッドレイヤー配置」
ソウル中心部上空に、イスラエル製SkyHunterと韓国型C-UASレーザーシステム『BLOCK 3-KEWL』が同時展開される。地上の兵士たちは、夜空に舞う無数の光点を見上げていた。
「やったぞ!見ろ!」
1機、2機……そして10機以上の自爆型ドローンが、レーザーによって撃ち落とされる。その衝撃波で、街のあちこちでガラスが割れた。報道クルーが避難する中、ソウル市民が地下鉄の避難壕へと流れ込んでいく様子が、CNNのライブ映像に映し出される。
リード中佐は、指揮官用タブレットを開き、第2装甲偵察中隊を城北区方面に転進させる指令を発する。目標は、ソウル外縁部に潜入した北の特殊部隊による「通信インフラ破壊」の阻止だ。
「よし、行くぞ!」
兵士たちは、戦車に乗り込む。エンジンがうなりを上げ、キャタピラが地を噛む。彼らが向かう先は、市民が住む街のど真ん中だった。