第40章 海神の鎌(シーサイズ)
DAY3 +18時間
内閣官房・地下執務室
高精細ホロディスプレイが、深海に沈む巨大な影を映し出していた。それは、沖縄沖の海底、泥に半分埋まった原子力空母「ロナルド・レーガン」の艦影だった。画面の片隅には、30個の赤い点滅アイコンが、船体の内部、特に爆弾庫と艦載機の格納区画に密集して表示されている。
「…以上が、内閣情報調査室が独自に取得した、レーガン内部の状況です」
国家安全保障局の作戦調整官が、低い声で報告を終えた。
正面の椅子に座る内閣官房長官は、重く息を吐いた。彼の視線は、ホロディスプレイに映る深海に固定されたままだ。
「信じられん。我々の分析では、これはタイムスリップした最新鋭の空母だ。米軍は沖縄沖の海底にもどってきたことを一切知らない。そして、あの最新鋭の空母が搭載している核兵器を密かに回収するのが我々の目的だ」
官房長官の表情が険しくなる。国民に一切知らされずに、これほど危険な任務を民間研究機関に強いる。しかし、この最新鋭の核兵器を放置することは、もっと大きなリスクを残すことになる。
「米国には内密に、日本独自でやる。この作戦名は**『海神の鎌』**。目的はただ一つ、この30発を回収し、適切に処理する」
「処理するとは?」
「処理の意味は多義的だ。それ以上は今は話せない」
調整官はだまり、ホロディスプレイの表示を切り替えた。そこに映し出されたのは、日本の海洋科学研究船「ちきゅう」の側面図と、その下に添えられた「JAMSTEC(海洋研究開発機構)」のロゴだった。
「深海掘削能力とROV運用技術において、世界で唯一、この深度での精密作業が可能なのは、彼らだけです」
「……だが、彼らは紀伊半島沖で別のミッションを遂行中だ。南海トラフの活断層調査と聞いている。それを中断させろと?」
「…はい。警戒および深海支援・回収母艦運用を主任務としてる海上自衛隊(第1潜水隊群)
だけでは対応が困難です。時間だけが過ぎています。」
官房長官は深く考え込んだ。だが、国民に一切知らされずに、これほど危険な任務を民間研究機関に強いるのか。
「彼らに、この任務の危険性をどこまで伝える?」
「全てを。ただ、それを理由に拒否されても、もはや打つ手はありません」
官房長官は、ホロディスプレイを指先でなぞった。
「JAMSTEC本部に接続してくれ。極秘回線だ。こちらのメンバーは私と、君だけだ」
彼の指先が触れた瞬間、画面の「ちきゅう」のロゴが輝き、別の画面に切り替わった。そこに映し出されたのは、疲労の色を隠せない様子のJAMSTEC研究員の顔だった。
「JAMSTEC本部です。どちら様でしょうか」
「内閣官房です。直ちに、そちらの統括責任者を呼んでいただきたい」
その声は、深海の静寂を破るように、重く響き渡った。