第36章 静かなる出撃
DAY3 +16
那覇港
艦橋には、冷え切った空気が張り詰めていた。
「出航3分前。各配置、最終確認願います」
艦長・若松一佐の声は低く抑えられ、それでいて艦全体に張り詰めた緊張を伝えていた。
「機関科より。蒸気ボイラー圧、維持中。ガスタービン出力、25%から段階上昇に移行。駆動波形、正常」
「主電力、チャネル1から3まで通電確認。波形安定。予備電源は内燃型APUよりバックアップ稼働中」
CICからの無線やデータリンク、パッシブレーダー系の報告が次々と入ってくる。この艦に残された「旧式」の機構と、「最新」の電子戦装備。それらが、異なる世代の技術として、ぎこちなくも共存していた。
その重みを背負ってなお、大和は出る。
出撃の目的は明確だった。
台湾・花蓮港を拠点とした邦人および民間人の救出と物資輸送。
中国側は「全面封鎖中」の警告を発し、すでに無人機と電子戦ユニットを同海域に展開している。アメリカ軍も限定的に回収を開始し、現地空港は使用不可能。その周辺には赤いマーカーが点在している。それは、もはや古い制空・制海権を意味するものではなかった。
「灯火管制に切り替わる。遮光板、全区画確認」
「了解。艦外照明、戦時モードへ移行完了」
大型艦である大和の出航は、本来であれば港の一角を完全に明け渡して実施されるものだった。
「タグボート不要。艦尾側スラスターで微調整開始。ピッチ、わずかに3度上げ」
艦内は静けさを保っていた。かつての戦艦のような振動音や蒸気の咆哮はない。新たに追加されたガスタービン補助推進装置が、静かに艦を押し出す。
外では、護衛艦「いせ」と哨戒艦「しまかぜ」がその動きを見守っていたが、護衛にはつかない。
大和は、再び単艦で出る。
「……まるで、昭和20年の出撃みたいだな」
副長の呟きに、艦長は何も言わなかった。
まさか誰も思ってはいなかった。あの沖縄特攻、最後の航海の記憶が、今またこの地でなぞられることになるとは。
いや、今回は違う。死にに行くのではない――生を救いに行くのだ。
「主航路、接続完了。速力8ノットに到達。引き波、通常範囲」
静かに、大和は港外まで滑り出した。
艦首が開けた外洋に向いた瞬間、甲板上では3機の自律UAVが無言で離陸していく。
CICからの通信が入る。
「接近警戒ドローン群、順調に展開。防衛シールド展開は可能。ただし、電力配分は今のところ余裕なし」
この巨大な船には、あの時代からの亡霊が、いまや現代の最前線に立っていた。