第34章 命令、そして、使命
DAY3 +16時間
責任官邸 地下第2危機管理室
窓のない地下の危機管理室には、雨の音が届かない。空調の低いうなり音が、壁面のスクリーンに映し出された映像の静寂をかき消していた。
台湾東岸・花蓮港付近の衛星画像は、灰色の地形データと散りばめられた警告アイコンが、緊迫した状況を告げている。民間航空機や船舶の入港・離港ログは完全に空白となり、港湾前面の海域では、すでに散発的な交戦が始まっていた。
「C-130による米軍の空輸作戦は継続中。あくまで空自機の展開は、見送りとさせていただきます」
重い沈黙が落ちた。
正面のモニターには、**戦艦「大和」**の姿が映し出されている。曇天の沖縄・那覇港に、黒鉄の巨艦が静かに佇み、その砲塔には雨粒がゆっくりと滑り落ちていた。艦上では、再装填を終えたドローン群が甲板に整列し、再点検を受けている。
「……あれは、戦闘地域だぞ」
経済産業副大臣が、控えめな口調で呟いた。それは、政治家としての発言というより、国民の生命と財産を預かる者としての、本能的な懸念だった。
その声を、内閣官房長官が引き取るように重ねる。
「米国は『邦人救出を米軍機に優先的に受け入れる』と言っています。つまり――彼らにとって『日本人は後回し』ということです」
その言葉に、室内の空気が再び張り詰める。
そして、総理が口を開いた。
「……日本は、国民を見捨てない」
その声は低かったが、誰よりも明確だった。
「海自艦艇はすでに前方展開している。彼らが血を流し、必死に前線を維持しているのに、我々がここで怯えてどうする?」
総理は立ち上がり、壁面の地図の前まで歩いた。その指が、花蓮港の位置を静かに示す。
「民間航空機は飛べない。民間船も入れない。だが、あの艦――『大和』だけは、行ける」
隣に座る国家安全保障長官が、息を飲んだ。
「レーザー砲・レールガンは再整備完了。艦載ドローンも作動確認済み。しかし、戦闘を回避するための人道救出任務には、敵側の攻撃リスクが――」
「だから、『行ける艦』が、『今、出る』のだ」
総理は振り返り、その目に強い意志を宿していた。
「命令を下す。戦艦『大和』を、台湾・花蓮港に派遣せよ。邦人および避難対象者の救出、完了まで任務を継続せよ」
一瞬、室内は静まり返った。しかし次の瞬間、防衛大臣が無言で頷き、統幕長がタブレットに指を走らせ、作戦命令発出手続きが始まる。
総理は椅子に戻り、重く腰を下ろすと、静かに目を閉じた。
「『あの艦』は、かつて命令に背いて生き延びようとした。それが今、命令を受けて命を救うために出撃する――」