第31章 オーバライド型UUV
DAY3 +6時間
石垣島・海自臨時統合指揮所
室内は、いつものように沈黙で満たされていた。しかし、今日はただの戦闘中の静けさではない。
金属棚の奥にあるスクリーンには、深海約300メートルを泳ぐ一機の「海中型無人航行体(UUV)」の姿が映っている。外見は潜水艦を縮小したような形だが、その内部には、AIによる自律航行制御、地形認識、敵味方識別アルゴリズムが統合されていた。
「……この『行動パターン』、どう見ても『リバース・トラッキング』されている」
「リバース・トラッキング』とは、ドローンの航跡から逆にAI制御モデルを模倣・推定する技術のことで、深層強化学習モデルの『癖』まで再現されると、完全な解析が可能となる。
「中国側が、AIアルゴリズムの『挙動傾向』を認識し始めた可能性がある。昨夜、巡視衛星で確認された尖閣南方の海中UUVは、挙動が我々の機体と酷似している」
画面にアナログ表示された海底地形の3Dモデルには、微妙に赤い航跡線と青い線が交錯していた。赤が「正規型日本UUV」、青が「非所属の模倣機」。その差は限りなく小さかった。
「本格的なアルゴリズムの盗用……か?」
「可能性は高い。先月、横須賀で開発端末の一部がハッキングを受けた。完全防御は不可能だ」
当日夕刻|海自石垣分遣隊内簡易ブリーフィング室
午後5時、緊急の招集命令がかかる。集められたのは、主に潜水艦「そうりゅう」型の現役乗員および予備役士官ら十数名だった。
防衛装備庁無人戦システム開発室の継続運用補佐官、志摩二佐が前に立っている。
「今回の任務は、尖閣南西海域に展開中の自律型UUV群に対して、『マニュアル・オーバーライド』による操作要員の即時投入だ。そこのAI群に、敵が『干渉』してくる可能性が高い。予測不可能な状況が増えてきた。AI任せにはできない」
全員の背筋が、無言で伸びた。
「お前たちは『旧式』だと笑われた。だが、今は逆だ。水中戦闘における人間の空間認知、直感的判断、そして『嗅覚』が必要とされている」
「よって、本日より『有人UUV運用班』として再訓練を開始する。対象機体はMNV-5型とその改修型『MNV-5R』。最大作戦深度は600m、連続航行時間は72時間。君たちには、いずれ『あの海域』へ行ってもらう」
映し出された映像には、尖閣諸島南端、油井島沖の深海断崖地帯があった。
「選抜理由は単純だ。『そうりゅう』の乗員は全員、無音航行時の索敵能力と空間把握能力で高い評価を受けている。それに加えて、限られた情報の下での即応的判断――これはAIではまだ模倣できない」
「つまり、人間の『感覚戦』が、再び必要とされているのだ」
そうりゅうの一等海曹・黒崎が、低い声で呟いた。
「UUVの操縦なんて、俺たちには『未来の戦争』かと思ってたが……結局、いつも『海の勘』に戻ってきたな」
それは、自律と人間の境界が溶ける前線に、自分たちが立たされている証だった。