第26章 生存選別
DAY2+12
仁川国際空港・第2ターミナル
エスカレーターの手すりには何十人もの人々がしがみつき、チェックインカウンター前では、赤ん坊を抱いた母親が嗚咽まじりの叫び声を上げていた。
「子どもだけでも……! この子だけでも連れて行ってください!」
床にひれ伏すその背中を、制服の男たちが冷たく見ている。警備にあたっているのは韓国軍の警護中隊、それに米国務省の警護官チームもすでに現場入りしていた。
「航空機優先リスト再確認――米大使館関係者とその家族、CIA・NSA駐在員、米企業管理職以上……韓国軍情報部員と第2作戦司令部所属校までを最優先とする。市民枠は『留保』とせよ」
軍用タブレットに映し出された「リスト」を見ながら、仁川警備中隊の尉官が端的に指示を出していた。
「米国市民およびグリーンゾーン職員のみ優先搭乗。韓国民間人については16時30分に最新情報をお知らせします……」
民間人のための「16:30」など来ないことを、誰もが心のどこかで知っていた。
釜山港・第3埠頭
「軍属しか乗れない!?」
「うちの息子は重要兵器の技術者だったぞ!」
フェンスに叩きつけられる拳に対して、港湾警備兵は盾を構え、ただ黙っている。すでにバス数台が横付けされ、第二機甲師団の将兵とその家族が優先的に乗船しているのが、誰の目にも明らかだった。
「オンマ……! ここ、わたしの家じゃないの? なんで、家に帰れないの?」
母親は何も答えず、目からはすでに涙も出ていなかった。彼女の隣にいた老人が呟く。
「戦争なんだよ、子ども。いま、国は“国じゃなくなった”んだ」
ソウル駅・南口ロータリー
構内は足の踏み場もないほど人で溢れていた。KTX(高速鉄道)のチケットカウンターはシャッターが下り、電光掲示板には「全便運休」の文字が虚しく光っている。
しかし裏口では――
韓国国家情報院と警察庁の「選抜リスト」を持った職員が、静かに要人関係者を誘導していた。裏口から現れたのは、大手通信会社の役員とその家族、国会議員の補佐官たち。
「これが優先出国証です。済州島経由で鹿児島まで、午後18時40分発、航空支援は米軍のチャーターです」
それを見つけた市民が、怒りに満ちた声を上げた。
「奴ら、国民の税金で逃げるのか!? 俺たちはどうなる!? 愚か者たちめ!」
怒号が響き渡った瞬間、警察の突入部隊が群衆を押し返した。悲鳴。怒り。絶叫。そして、床に広がった学生証。
国家という制度が、その根幹から崩壊する瞬間だった。
同時刻/防衛省地下・モニタールーム(東京)
モニターに映し出された各拠点の実写映像に、誰も言葉を発しなかった。
「……これは『戦争の余波』ではない。国家の生存選別が始まっている」