第23章 『戦時型都市仮設群』
DAY2 +6時間
政府臨時対策本部/永田町地下第2政策調整室
午前4時22分。壁掛けのデジタル時計が無機質に時を刻む。内閣府の地下に設置された臨時政策調整室は、薄暗い照明の下、静寂に包まれていた。
「避難民、午前3時現在で、対馬・厳原港に合計3,412人。うち3割が韓国籍の法人家族、2割が在韓米人、残りが韓国の一般市民です。佐世保港には現在1,100人が入港中」
報告するのは、総務省危機管理センターから派遣された若手の事務官だ。
その場には、総務省、厚生労働省、国土交通省、防衛省、内閣危機管理庁、そして内閣官房。一つのテーブルに、国内の「平時」と「有事」を司る全省庁の系統が並んでいた。
「もう『一時避難』の規模ではない」
沈んだ声でそう言ったのは、内閣危機管理・国民保護の長官代理。疲労にやつれた顔を眼鏡の奥に隠しながら、印刷されたA4資料をテーブル中央に差し出した。
表紙には、こう記されている。
『戦時型都市仮設群』 概念設計草案(対馬・佐世保・下関先行モデル案)
「平成の震災対応とは次元が違う。学校もホテルも足りない。今回は、国際的・軍事的影響を伴う越境避難者が含まれている」
厚生労働省の医政局長が眉間に皺を寄せた。
「いわゆる、野戦病院レベルの医療機能と、水道・電力・防犯・感染症対策が、『開戦下』を前提に求められるのですね」
国土交通省の港湾局参事官が続けた。
「仮設インフラはどの段階で定着型に転換するのか?仮に事態が一ヶ月で収束しなかった場合、『恒久化リスク』が現地社会に深刻な摩擦を生む」
誰も答えなかった。なぜなら「収束」の定義が、誰にも見えなかったからだ。
防衛省の運用企画官が静かに資料を広げた。
「既存の対馬駐屯地は臨時医療拠点に転用中です。基地周辺の私有地一帯を防衛出動名目で収用できれば、半径5キロ以内に4万規模の仮設都市群が整備可能です」
「電力は?」
「九電・佐賀支店と調整中ですが、臨時送電線建設よりも、自衛隊の可搬型ディーゼルと米軍のモバイル原子炉ユニットを併用する方が現実的かと」
一瞬、テーブルが静まり返る。モバイル原子炉の国内稼働は、政権中枢にとってタブーに近い問題だった。
「法の整理は?」
内閣官房副長官補が眉をひそめて問う。
「国民保護法に基づく『武力攻撃事態対処』の適用枠内である。一部自治体では臨時布告の要請を開始する。特別法を適用することなく、対応は可能かと」
内閣官房副長官は椅子にもたれ、しばし天井を仰いだ。
「……これは、震災ではない。戦争だ」
誰かが呟いた。