第22章 対馬:戦場の玄関口
DAY2 +6時間
大友は、対馬の仮設指令所の横に据えられた展望台代わりの足場に登った。そこから見渡せるのは、昨日まで「ただの漁港」だった対馬の西岸が、わずか数時間で異変を起こした「戦闘の玄関口」と化した光景だった。
車列。雑踏。怒号。泣き声。そして、祈り。
避難者の流入は、すでに許容量を超えていた。海を渡って来る人の列は途切れない。陸に上がって、誰もが「どこへ行けばいいのか」「家族がいない」「母が倒れた」と口々に叫んでいる。
「ここの収容上限は……500名程度だったはずですよね?」
大友の隣で、橋本三佐が静かに尋ねた。
「今はすでに1,500名を超えています。補助テントも追いつきません。あちらの仮設校舎跡、今朝、3棟が追加設置されましたが……」
彼が指差した先では、航空自衛隊の資材車が、半壊した中学校の校庭に資材を運び込んでいた。ブルーシートを張っただけの空間に、数百人が折り重なるように横たわっている。子供が泣き、老人が咳き込み、誰かがうわ言を叫んでいた。
「制御が取れていない……」
大友が呟くと、橋本は低い声で答えた。
「海自の警備隊が支援を始めていますが、数が足りません。警察の応援はまだ佐世保から到着しておらず、米軍のMPも対処できるのは大使館関係者の護衛まで。今、『秩序の縁』にいます」
テントの一角では、避難してきた韓国人通訳が、疲労した女性に薬を渡しながらも涙を流している。そのそばで、防衛医大の若い医師が動き回りながら指示を飛ばしていた。
「血圧下がってる! 輸液開始! 次の診療テントはどこだ!? ……くそ、担架がもうないのか!」
難民の波に、支援体制は追いつかない。大友はカメラを構えようとして、ふと手を止めた。これは、記録ではない。――災害の現在進行形だ。
ふいに横で金属が擦れる音が響いた。見ると、米軍のM-ATVが後方から続々と入ってきている。
「これだけの人数を受け入れられる場所……本州側には?」
「下関、門司、そして……佐世保。しかし、フェリー航路が間に合いません。だからここ、対馬がボトルネックになってしまいます」
橋本が差し出したタブレットには、現在待機中の避難船が表示されていた。
「いっそ、ここのインフラを『前進難民都市』として正式に再構成するしかない……」
大友の呟きに、橋本は目を伏せた。
「内閣府の臨時地域対策本部でも、同様の議論が始まっています。『戦時型都市仮設群』――かつて東日本大震災時に想定された概念の再来です。ただし、今回は規模もスピードも、比べものにならない」
目前では、海から新たな避難船が近づいてきていた。風に乗って来るのは、塩気ではなく、焦げたような布と人の汗の混じった臭い――「戦闘の背中」の臭気だった。
対馬は今、戦線の後方ではなかった。
この列島の一角で、確かに「戦争の始まり」が、地を踏んでいた。