第20章 野間再び石垣島へ
DAY1 +16時間
沖縄・那覇軍港 → 石垣島沖合
夜明け前の那覇港には、未明の潮と鉄の匂いが渦巻いていた。巨大な艦影――「大和」は未だ闇に沈んだまま、その輪郭だけが静かに横たわっている。
野間遼介は、艦を背にして岸壁を歩いた。迷彩柄のジャケットの襟を立て、手には防衛省支給の記者認証ホルダー。しかしその首からぶら下がったIDカード以上に、彼の眼差しが軍属であることを雄弁に物語っていた。
「――野間さん、こちらです」
駆け寄ってきたのは、海自第11ミサイル艇隊の黒瀬三尉。彼の後ろには、全長50メートルにも満たない**高速ミサイル艇『はやぶさ型』4番艇〈わかたか〉**が波に揺れていた。
「乗艦確認、出航準備完了です。出発は、あと6分後」
「……急ぐ理由は?」
野間が問いかけると、黒瀬は顔をしかめた。
「石垣島の状況が、また緊迫しているんです。与那国方面の海域で、新型ドローンらしき機影が瞬間的にレーダーに映ったそうで。陸自のレーダーでは捉えどころがない攻撃――中国製、もしかしたらロシア製か」
野間は無言で聞いていた。
ミサイル艇〈わかたか〉艦内
04:18、定刻より2分早く航行した「わかたか」は、最大速力40ノットに迫る勢いで南西へ舵を切った。
ブリッジ内の航法監視モニターには、針路上の宮古海峡の灰色がかった潮流と、点在する島々が赤外線スキャンによる立体画像で表示されている。
「揺れは覚悟してください」
黒瀬が言った。
「この艇は速いんですが……横風には弱い。波のピッチに食われると、バウが空を向くんです。酔い止めは、あちらに」
野間は鼻で笑った。
「大和での爆発を食らった後じゃ、吐く暇も惜しい」
艦尾にて
後部甲板に出た野間は、沖縄本島の灯りが遠ざかるのを見ていた。夜明け前の海は、濃紺から鈍色まで、静かに変幻を始めている。
――石垣島。かつて攻め込まれ、今は反攻前線。
中国の強襲揚陸艦隊からの第一波攻撃で、石垣港は一時機能を停止した。しかし、大和の主砲が放った砲弾が敵の強襲艦を撃沈し、戦況は一変した。
今では、陸自西部方面隊の増援が到着し、対空・対艦防衛網が再構築されつつあった。
波飛沫の向こう、黎明の空に、島影がうっすらと見え始めていた。
到着予告
「着艦まであと30分。石垣港には接岸できないため、上陸は陸自の無人高速輸送船を経由します」
「分かった。あと一つだけ教えてくれ」
「はい?」
野間の目は、まだ視認できない石垣の空を見つめながら、静かに問いかけた。
「……現地の人々は、今何を“守っている”と思っているのですか?」
黒瀬は少し黙ってから、口を開いた。
「たぶん――家族です。そして、その家が建っている『この国』だと思います」
野間は黙って聞いていた。その言葉を胸の奥に沈めるように。