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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン5
631/2364

第17章 大友対馬へ


DAY1 +6時間


【航空自衛隊美津島分屯基地(対馬)】

C-2輸送機のランプドアがゆっくりと降り始める。潮の匂いを含んだ、重く湿った風が機内に吹き込んだ。その風は、ただの潮風ではない。「戦」の匂いを運んでいるようだった。


大友は、タラップを降りた瞬間、大友遥の胸に湿気と共に、かすかな焦げ臭さが刺さった。


「この匂い……野焼きか?」


「いえ、先生。西海岸の仮設キャンプで、昨夜未明に小規模な火災がありました。炊き出し用のプロパンのバルブミスです」


同行していた航空保安官、橋本三佐が即座に答える。眼鏡の奥で、彼の目は隠しきれない疲労を帯びていた。


滑走路の西側には、迷彩ネットをかぶせたトラック、移動式レーダー、そして仮設通信ユニットが整然と並ぶ。そのさらに奥、山の裾を削った空き地にはブルーシートが密集し、十数本のか細い白い煙がゆらゆらと空に昇っていた。


「もう、韓国からの民間避難者が?」


「はい。正確には昨晩未明、対馬海峡を越えてきた第一陣。米軍・大使館関係者とその家族、韓国籍の米企業職員と通訳班です」


橋本三佐はタブレットを操作し、避難民の名簿と搬送ルート、さらに仮設衛生ユニットの配置図を大友に示した。


「厳原港では民間フェリーが臨時接岸中です。午前6時から9時まで、海上自衛隊の輸送船4隻と民間漁船を含む計17隻が入港しました。現在までに確認された避難者数は873人、うち131名が軽傷。重傷者が13名、精神的ショックによる失語症が48名」


数字の羅列に、大友は胸を衝かれた思いだった。しかし、その表情は変えず、静かに質問を続けた。「仮設の通信回線と医療支援体制は?」


「民間の携帯網は一部回復済みです。防衛省衛星と直結したIP-VSAT型の野戦回線が仮設シェルターに配備され、米国務省とのデータリンクも回復済み。医療班は防衛医大とDMATの混成チームです。対馬病院は既に満床です」


橋本が指差した丘陵の中腹には、仮設テントが連なる中に、米海兵隊のM-ATV(耐地雷装甲車)と韓国軍のKAI製の緊急車両が並んでいた。


【仮設情報コントロールテント内】

テントの中は、発電機の唸り声が響き、熱気がこもっていた。中央の大型モニターには、ソウル南部からのライブ衛星画像が表示されている。道路を埋め尽くす車の列と、人の波が、蟻のように移動していた。


「――これが、現実の『崩壊前夜』のソウルです」


モニター前に立つのは、内閣情報調査室の防衛専門官だ。画面には、軍用車に先導されながら移動する韓国政府の高官車列、そして米大使館からの緊急脱出輸送の様子が映し出されていた。


「米軍は、烏山空軍基地と平沢キャンプから出るのが限界でした。ソウル中心部からは、徒歩で南下する避難民が何万人もいます」


「この島は、彼らの“橋頭堡”になる」


誰かがつぶやいた。その言葉は、テント内の全員の胸に重く響いた。


【仮設指令所/難民一時受け入れ施設建設地】

大友は、防衛装備庁が設置中のプレハブ型施設を前に、カメラを据えた。目の前では、自衛隊の大型ブルドーザーが泥濘を均し、米軍の工兵が発電ユニットと仮設トイレを設置している。


そのすべての光景が、「戦争が始まった」という現実を物語っていた。しかし、誰も口にしない。


――いま、この島は、かつてないほど「前線」に近づいていた。

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