第98章 沈黙の双崩壊
対馬海峡・水深280m
そうりゅう艦内は、はりつめた空気で発火しそうだった。2度目の急速潜行を開始し、最大深度に
到達したところだった。今度は螺旋を描きながらの潜行で、対潜魚雷をかわそうとしたが、もう
次はないことは明らかだった。
艦長は最後の決断をした。
「ハープーン魚雷仕様、弾頭コード:T9A、認証キー『七号』——解除」
発射管内の核弾頭付きハープーンが、圧縮音とともに起動位置へ押し出される。艦内の赤色灯が、血の色のように映った。
日本自衛隊が創立以来はじめて米軍より、しかも、今目の前の対戦相手であるロナルドレーガンより供与された小型熱核弾頭だった。
おそろしいほどの歴史の皮肉。ロナルドレーガンは、自ら提供した核弾頭が自らに向かって発射されるのだ。
「同時に撃たれる可能性は高い。やつらの弾頭も我々と同じ。もうそうりゅうの逃げ場は海中にはない。跳ねろ——空に」
村上艦長の声が、響く。
「艦首角度、最大。上昇角+45度、前部バラスト排水全開放——浮力最大効率モードへ移行」
副長が震える声で警告する。
「艦の反動で負荷限界に到達します。艦首最高速度、規定値の160パーセントを超えます」
「超えても構わない。なによりも『間に合う』ことが優先だ」
「機関最大出力。リチウムイオンバッテリ緊急最大放電。モータ焼き切れるまで回せ」