第77章 夜の海の取妥結
米海軍空母ロナルド・レーガン/CIC
艦内は深海のような暗さと圧力に包まれていた。赤色灯の下、作戦コンソールを囲む士官たちの表情は険しい。
「リンク16は依然切断。外部状況は断片情報しかない」
情報幕僚が低く報告する。「北が弾道ミサイルで報復したらしい……が、弾頭が核だったのか、目標が日本の都市かは不明だ」別の幕僚が付け加える。「発艦させた攻撃機は、韓国の米軍基地に直接帰還させた。だが通信が制限され、着陸確認すら取れていない」
スクリーンには未更新の戦況図が淡く点滅していた。現状、この艦は戦闘情報の孤島と化している。
「……大和はリンク16に接続しているはずです」
許可派の作戦士官が声を上げた。「もしあの日本人が本物の公安なら、そこから外の情報を得られる。弾頭種別、目標座標、日米の迎撃態勢——すべてだ」
即座に反対の声が飛ぶ。「甘い。彼は“公安”と名乗っているが、米軍の諜報員か、あるいは別の国家の工作員かもしれない。艦内に入れれば、通信構造や防御態勢が丸裸になる」
許可派が反論する。「このまま情報遮断を続ければ、我々は盲目で戦場を動くことになる。艦隊司令部からの指示も得られず、敵が次に何を撃ってくるのかも分からない」
不許可派も譲らない。「目先の情報と引き換えに艦の安全を危険にさらすのか?」
艦長は黙したまま両者の言葉を聞き、視線を艦橋越しに夜の海へ向けた。闇の中、小さな漁船が波に翻弄されながらも、執拗に信号灯を瞬かせている。まるで、氷点下の暗闇でただ一つ動く灯火のように。
艦長は短く息を吐いた。「——条件付きで許可する。会話は監視下、立ち入り区域は最小限、大和との回線は我々が完全に制御する」
次の瞬間、艦橋の信号灯が点滅し、暗い海に鋭い光が突き刺さった。
「BOARDING APPROVED. FOLLOW ESCORT BOAT. ALL COMMUNICATION MONITORED.」
(乗艦を許可する。誘導艇に従え。全通信は監視下に置く。)
遠くの漁船で、大友がゆっくりと手をあげた。