第八章:小市民的教養人の愉悦
親譲りの最適化バイアスが、ついに私の情緒という名の「計測限界」を突破しつつある。
復興庁・東京鎮守府。核と津波で一度は「無」へと回帰したはずのこの都市において、最も不気味なのは放射線の数値ではない。それは、瓦礫と灰にまみれた地表の上に、平然と「教養」という名のアスファルトを敷き詰め、その下で喘ぐ生の叫びを「洗練」という名のノイズキャンセラーで消し去る、柴田のような小市民たちの存在だ。
港区「ゾーン・ゼロ」での過酷な測量業務から一時的に戻った私を待っていたのは、鎮守府一階、帰還住民相談窓口の淀んだ空気だった。 窓口を仕切る庶務係長の柴田は、今日も磨き上げられた眼鏡の奥で、嗜虐的な光を湛えている 。彼のデスクには、この灰の都には不釣り合いなほど立派な万葉集の注釈本が置かれていた 。
窓口の前には、防護服の支給を求める一人の若い母親が立っていた。彼女の抱える子供は、絶え間ない咳に震えている。
「……お願いします。子供の咳が止まらないんです。せめて、この子の分だけでも、高機能の防護マスクと空気清浄機を……」
母親の必死の訴えに対し、柴田は優雅に万年筆を置き、注釈本を一頁めくった。その動作には、自分が「文化的な上位者」であるという自覚が、まるで結晶構造のように規則正しく並んでいる。
「お母さん、万葉の昔から、日本人は『言霊』の力を信じてきました。あまつさえ『言霊の幸はふ国』と謳われたこの国において、不吉な言葉を窓口で弄するのは、いささか慎みに欠けると思われませんか」
柴田の声は、まるで音楽を奏でるように滑らかで、それゆえに凍りつくほど冷たい。 「規則によれば、あなたの居住区は『暫定安全域』に分類されています 。その区域での高機能マスクの支給は、現時点では『特段の必要性が認められない』というのが、行政の無誤謬な結論です 。あなたの抱える不安という名の『主観的な変数』を、公共の予算という名の『厳密な定数』に代入することはできませんな」
「でも、実際に子供は苦しんでいるんです! 放射線の数値だって……」
「数値? フフ……」柴田は、私の顔を盗み見るようにして鼻で笑った。「零補佐官のような、情緒を解さぬ数値至上主義者に毒されてはいけない。万葉集にある『あられ打つ、安良礼松原……』という歌をご存知かな。空から降る灰も、かつての歌人ならあられに見立てて、その情景に美を見出した。あなたに必要なのは、防護具ではなく、この過酷な現実を受け入れ、美に昇華させる『教養』ではないですかね」
母親は絶望に顔を歪め、言葉を失った。柴田は、彼女の申請書に「不備あり」という無慈悲なスタンプを、まるで芸術作品を完成させる最後の一筆のように力強く押した 。
私は、自分の前頭葉の回路が、怒りの負荷で焼き切れそうになるのを感じた。
「柴田係長。万葉集を引き合いに出して、現実の呼吸困難を肯定するとは、あなたの言語回路はどういう設計になっているんだ」
私は窓口に歩み寄り、柴田の注釈本を指差した。
「あなたの言う『教養』とは、対象を救うためのものではなく、対象を効率的に切り捨てるための『論理のメス』なのか。万葉の歌人が灰をあられに見立てたのは、その苦しみの中でも生を肯定しようとする祈りだ。お前のように、安全な無菌室から被災者を嘲笑うための道具じゃない」
柴田はゆっくりと立ち上がり、私を値踏みするように眺めた。その眼には、技術職に対する根深い蔑みが宿っている。
「零さん。あなたは物理法則という名の『単色』の世界に住んでいるから、言葉の『彩り』が分からない。行政文書において、何を記述し、何を記述しないか。その取捨選択こそが、文明を維持するための『高度なデバッグ』なのですよ」
柴田のような小市民的な教養人の「いやらしさ」の本質は、知識を「自己防衛」と「他者支配」のツールとして完全に最適化している点にある。彼は、規則という名のアルゴリズムを恣意的に解釈し、その行間に自らの嗜虐性を忍び込ませる 。彼にとって、困窮者の叫びはシステムのパフォーマンスを下げる「エラーログ」に過ぎず、それを「教養」という名の正規表現で置換し、消去することに無上の快感を覚えているのだ。
これは、行政という名の「巨大な慣性系」が生み出した、最悪のバグである。
九藤次長のような狂信的な合理主義者が「世界の解像度」を操作し、柴田のような小役人がその「画素」の一つひとつで住民をいたぶる 。 彼らは、自分たちが「正しい」と信じ込んでいる。いや、正しくあらねばならないという強迫観念が、彼らの倫理回路をショートさせているのだ。行政は無誤謬であるというドグマを守るために、目の前で咳き込む子供の存在確率を、強引にゼロへと収束させる。
窓口の背後では、ガイガーカウンターの音が、皮肉にも一定のリズムで鳴り響いている 。
私は、柴田のデスクに置かれた申請書の山を見つめた。
そこには、記述されることのなかった数千の「生の痛み」が、死んだデータの断片となって重なっている。
九藤が作り上げた「安全神話」という名の薄っぺらなアスファルト。
柴田がその上に生け花のように飾る「教養」という名の造花。
だが、そのアスファルトの下には、依然として「暗い大地」が広がっているのだ。
そこには、行き場を失った不合理な情念が、放射線の熱を帯びながら発酵し、堆積している。
「柴田。お前の言う『教養』の賞味期限は、次にこの防潮堤が崩壊するまでだ。物理法則は、お前の万葉集の解釈には興味がない」
私は、震える母親を抱え、窓口を後にした。背後で柴田が「これだから理系は、詩心がありませんな」と嘲笑うのが聞こえたが、その声はもはや空虚なノイズにしか聞こえなかった。
祈りは、言葉の美しさの中にはない。
この汚染された大地で、泥にまみれ、嘘のないロジックを積み上げること。
柴田のような「教養という名の暴力」をデバッグし、この死の都に、本物の息吹を取り戻すこと。
私の「坊っちゃん」的な無鉄砲さは、もはや個人的な憤りを超え、この腐り果てたシステムに対する、一つの「物理的な必然」へと変容しつつあった。
(第九章へ続く)




