第71章 凍土の密約
モスクワ・クレムリン/白頭山地下総合司令所
白頭山地下司令所の作戦部長が、国家主席の耳元にメモを差し入れた。「モスクワ、直通」
主席は一瞬眉をひそめ、側面の暗灰色の直通回線端末へ歩み寄る。赤いランプが明滅していた。受話器を取ると、回線の向こうから低いロシア語が響く。
ロシア大統領「——同志。君が今何を命じようとしているか、我々は把握している。だが、核弾頭を東京に向けるのは、今ではない」
北朝鮮主席「我が国は既に標的を公言している。引けば弱さと見られる」
ロシア大統領「違う。君が今撃てば、ワシントンは一線を越えたと認定し、戦略核の即時使用に踏み切るだろう。……そして我々は、君を守れなくなる」
主席は数秒沈黙した。指先で机の縁を叩き、視線を作戦表示板に移す。赤い目標マーカーの一部が、日本列島の都市を指して点滅していた。
ロシア大統領「代わりに、我々は極秘裏に長距離防空システムと弾薬を供給する。さらに極東艦隊が日本海で動く。君は通常弾頭でソウルを叩け——米韓連合を麻痺させるにはそれで十分だ」
北朝鮮主席「……我々の面子は?」
ロシア大統領「失われん。ソウルを炎に包めば、国内外の支持は保たれる。東京は——後でいい」
主席はゆっくりと息を吐き、軍服の袖を正した。「……よかろう。目標、全て通常弾頭に切り替え。狙いは韓国首都圏だ」
通話が切れると同時に、作戦部長が叫んだ。「弾頭種別、全弾通常に変更!発射時刻は予定通り!」