第63章 北朝鮮国家最高司令部
地中深く掘られたコンクリートの司令部に、外気の冷たさは届かない。だが、その室内には、北方の冷気よりも深く、重い沈黙が張りつめていた。
巨大スクリーンには、山間の車列が炎に包まれる赤外映像が映し出されている。熱源を失った護衛車両の残骸、中央で転覆した黒塗りのリムジン。そこには、もはや人命の気配はなかった。
オペレーターが震える声で報告する。「……主席閣下。目標車両、搭乗者全員の生体反応、消失を確認しました。車両の熱源プロファイルは、AGM-158C LRASMのものと一致します」
作戦参謀長は、拳を握りしめながらスクリーンを睨みつけた。LRASM。アメリカ空軍の長距離対艦ミサイル。その使用は、平壌の指揮系統が想定し得なかった、圧倒的な力の行使だった。
その時、主席の秘書官が血の気を失った顔で駆け寄ってきた。耳元で、かすれた声が囁く。「……閣下、ご家族の遺体、確認されました。護衛隊員も……全滅です」
国家主席の表情は、一瞬にして一切の感情を削ぎ落とした“仮面”に変わった。
「……通信を繋げ」「航空戦隊司令部。なぜ迎撃できなかったのか、理由を報告せよ」
主席の声は、低く、無機質だった。
「主席閣下!申し訳ございません、これは単純な迎撃失敗ではありません!敵は……敵は、我々の防空システム全体を標的にしたのです!LRASMの発射と同時に、強力な電子戦攻撃が……」
言葉が震え、上手く続かない。だが、彼はなんとか気力を振り絞って続けた。
「東部防空レーダー網は、ジャミングではなく、偽装信号で欺瞞されました!敵は複数のステルス機を同時に侵入させ、我々が対応を協議している間に、ピンポイントで通信中枢を破壊しました!これは、事前に我々の防空戦術を完全に解析していなければ不可能な攻撃です!」
主席は、無表情のままゆっくりと椅子から立ち上がった。
「弁明は不要だ」
「作戦室の全要員を、ただちに戦略軍政治保衛部へ引き渡せ。責任者の尋問と、裏切り者の粛清を始めろ」
主席の秘書官は、顔を真っ青にしながらも、その命令を復唱した。
「全要員、拘束せよ!」
武装した護衛兵が室内に突入し、機械的に参謀たちを拘束し始める。彼らが向かう先は、尋問と拷問、そして死が待つ闇だった。
作戦参謀長は、最後の抵抗を試みた。
「主席閣下!報復のためには私の情報が必要で——」
彼の言葉は、護衛兵に口を塞がれ、かき消された。
主席は、再び巨大スクリーンに向き直り、冷静に命令を下す。
「南へ、全軍に最高警戒態勢。そして、核攻撃部隊——発射準備を完了させろ」