第61章 日本海・能登半島沖
灰色の海面が低くうねり、冬の鉛色の空と境を失っていた。
大友は漁船の船縁に立ち、凍り付くような北風の中で、手元の小型指向性アンテナを宮古島方向へ向けた。波間でアンテナの先がわずかに揺れるたび、耳にかけた骨伝導イヤホンから、ザザッと短いノイズが走る。
「……野間さん、聞こえますか」
間を置いて、くぐもった声が戻ってくる。
『こちら大和艦橋、野間だ。そっちはどうなってる』
大友は短く息を整え、言葉を選びながら告げた。
「暗号化アルゴリズム、日米ともに全面更新されました。これで、盗聴経由の秘匿情報は一切取れません。事実上、これまでの情報優位は失われました」
野間の声がわずかに低くなる。
『……じゃあ、宮古への敵増援情報も——』
「はい、今後は現場センサーと有人偵察だけが頼りです」
大友は船橋の奥に目をやった。操舵輪を握る老漁師が、無言で舵を微調整し、船首を北西へ振っている。
「もう一つ。これからロナルド・レーガンへの移乗を試みます。リンク16遮断の理由を突き止め、場合によっては直接、指揮系統の復旧に関与します」
野間の息遣いが一瞬だけ重くなった。
『……無茶はするな。あそこは今、外からじゃ何も見えない』
大友は海面に低くかかる靄を見やりながら、冷静に答える。
「承知しています。ですが、宮古と尖閣を同時に守れるかは、レーガンの動き次第です。必ず情報を持ち帰ります」
波頭が砕け、飛沫が頬を打った。
大友はアンテナをたたみ、次の通信予定時間を短く告げてから回線を切った。漁船はそのまま、静かに北西へ消えていく。