第51章 受信、無視
日本海・原子力空母ロナルド・レーガン/艦橋
艦橋の中央スクリーンには、北朝鮮東海岸の戦術マップが広がっていた。F-35C×4機の発艦シンボルが、海岸線へ向けて矢のように伸びている。
その上に、黄色い点滅マークが重なった。——Abort Command 受信。
「艦長、ホワイトハウスから暗号信号です。『Presidential Abort Code』」通信士官のダニエルズ大尉が、緊張した声で報告した。
ケイン大佐は航法表示から目を離さず、短く問う。「Zulu-Blackの暗号化層、破られたか?」
「いいえ。通常衛星回線経由で送られています。受信は可能ですが、暗号解除には……」ダニエルズがタッチパネルに視線を落とす。「……最短で84分」
「その頃には、全機が帰投済みです」航空団長のウォレス中佐が、冷静に付け加えた。
ケインは顎をわずかに引き、発艦管制官へ向けて指示を飛ばす。「第2波グラウラー、カタパルト1へ。ジャミング開始はT+00:22、同期を崩すな」
作戦士官のミラー少佐が、躊躇いがちに声を上げた。「艦長、ワシントンは“待て”と言っています」
ケインはミラーを真正面から見た。「ワシントンは現場を見ていない。我々は、目標が動くまでの残り26分しか持たない」
艦橋後方、状況表示パネルのタイマーが進む。T+00:15:12。
ケインは低い声で続けた。「この艦は命令通り動いている。命令は——作戦計画書の実施だ。署名欄に“誰の名前”があるかは、関係ない」
ウォレス中佐が静かに頷く。「了解。全機、攻撃隊へ暗号文——『Continue Mission』送信」
ダニエルズは、コンソール上のAbort信号ウィンドウを指先で閉じた。黄色い点滅は消え、再び戦術マップだけが残る。
ケインは艦首方向、漆黒の海を見据えた。
「——ここから先は、我々の戦争だ」