第37章 開戦 8時間後の海図
艦橋の片隅で、野間はタブレットの画面を食い入るように見つめていた。
海図の上には、赤と青の小さなアイコンが無数に瞬いている。それは日本海のはるか北、冬の海に浮かぶ一隻の小型漁船から送られてきた暗号化データだった。
送信者は、大友——野間の助手
いまや彼は、漁網の影で衛星回線を握る“大和の目”だ。
「艦長、現状をまとめます」
野間は一息で言った。
「台湾侵攻、開始から8時間。
アメリカの空母打撃群は、まだ第一列島線の外側——宮古島の東300キロ付近で展開中です。理由は単純、突っ込みすぎれば中国の長射程ミサイル圏内にどっぷり入るから。今は“入るなライン”を海と空で押さえてる」
雨宮艦長は短く頷く。
「つまり、まだ前に出ていないと」
「そうです。その分、台湾上空はF-35やF-16Vが押さえてますが、制空はギリギリ。
一方、尖閣では中国の上陸部隊がドローン攻撃で半壊。残存兵力は海岸線に散らばってます。
けど、中国は撤退命令を出してません。映像で見える限り、まだ抵抗してる」
「宮古は?」
「まだ手付かず。ですが——」野間は画面を指でなぞった。
「福建沿岸から空発のYJ-12系対艦ミサイルを積んだ爆撃機が七機、バシー方面へ向かっています。
米海軍は迎撃の準備をしてますが、外周のイージス艦が一隻、危ない位置にいて、そこを抜かれると空母群が覗かれる可能性がある」
「要するに——」野間は深呼吸した。
「今は三正面です。
一つ目は台湾海峡での空戦。
二つ目は尖閣での局地戦。
三つ目は宮古—バシーラインでの**“見合い”**。
どこか一つでも穴が空けば、中国が一気に押し込む形です」
雨宮は視線を海図に落とし、低く呟いた。
「穴を塞ぐには……我々が動くしかない、か」
艦橋の窓越しに、灰色の海面を低く掠めて帰投する大和の攻撃型ドローンが見えた。
次の飛行に備えて、腹に新しい弾薬を抱えている。