33章 橋頭堡崩れる
砂浜を離れ、迷彩ネットに覆われた電子戦車両へ走る。
「急げ! 妨害波を出す!」
運転席から怒鳴り声が飛ぶ。後部ハッチではアンテナが立ち上がり、青白い火花を散らす。
次の瞬間、低く唸るような振動が足元から伝わり、空気がひりついた——妨害波が全周に広がったのだ。
管制車両からの声が、混線しながらも届く。
《……周波数捕捉……敵制御信号乱調開始……》
林は胸の奥に、わずかな希望を感じた。
効いている。
しかし、その安堵は十秒と持たなかった。
突如、妨害波のパルスが途切れる。
耳に届いたのは、さっきまでかき消されていた低い唸り——海面を擦るような、羽音の集まりだ。
「妨害が切れた!? 再送信しろ!」
電子戦班の兵が叫び、コンソールを叩く。
別の兵が、顔を引きつらせた。
「無理だ! リンクを……水中経由で乗っ取られてる!」
海側から、黒い影の列が迫ってくる。前回より多い。二列に分かれ、海と陸から同時に橋頭堡を包み込もうとしていた。
林の喉が勝手に乾く。
対空火器はない——残されたのは、12.7mm機銃だけだ。
「撃てぇぇぇっ!」
機銃座が唸りを上げ、曳光弾が空をなぞる。だがドローンは蛇のように機体を揺らし、砂浜すれすれを抜けてくる。
弾は空を切り、海風に消えた。
最初の衝撃は、林のすぐ隣の電子戦車両だった。
ペネトレーター弾頭が装甲を貫き、内部で炸裂。
爆炎が青空を裂き、迷彩ネットが燃えた布片になって空に舞い、アンテナは空中で千切れて飛んだ。
耳の奥が圧で塞がれ、すべての無線が沈黙する。
次の標的は浜奥のHQ-17だ。赤外線弾頭が中央を撃ち抜き、真白な炎が砂浜を照らす。
衝撃波で林の頬に砂が突き刺さり、肺の中の空気が無理矢理に押し出された。
ドローンの機銃掃射が掩体をなぞり、砂煙と破片が雨のように降る。
撃ち返す機銃の音はあまりにも頼りなく、林の耳には敗北を告げる無力な絶叫にしか聞こえなかった。
遠く魚釣島の方角でも、黒煙が上がっていた。
それが、橋頭堡の最期を示す印であることを、林はただ無言で悟った。