第31章 煙と叫び」
砂の中から顔を上げた瞬間、林の鼻腔に焦げた油の匂いが流れ込んだ。
HQ-17の残骸がまだ燃えている。黒煙は真上に昇らず、海風に押されて低く流れ、砂浜全体を覆っていた。
「医護兵! ここだ!」
甲高い叫びに振り向くと、工兵班の若い兵が片腕を失い、砂浜に座り込んでいた。血は思ったより少ない——おそらく高熱で瞬時に焼き切られたのだ。
医護兵が駆け寄り止血帯を巻くが、兵の目は焦点が合わず、口だけが意味のない言葉を繰り返していた。
林は耳鳴りの中で無線の断片を拾った。
《……HQ-17二基全損……迫撃砲座沈黙……》
《電子戦班、妨害を最大出力に上げろ……空域制圧、緊急……》
指揮班の仮設テントは半分潰れていた。衛星通信アンテナが砂に倒れ、兵士たちが必死に起こそうとしている。
中隊長が血まみれの顔で無線機に噛みつくように叫んだ。
「後方支援隊はどうした!? 空からの援護はまだか!」
遠くで、再び低い唸り声が近づいてくる。
林は反射的に砂に伏せた。砂粒が口に入り、塩辛く、生臭い。
他の兵士も同じだった——誰一人として上空を確認する者はいない。ただ、次の影が来る前に隠れる場所を探すだけ。
無線がまた鳴った。
《電子戦車両、位置を移動! 水上からも妨害波を送る!》
その声に、林はようやく上体を起こす。
掩体の奥で、迷彩ネットに覆われた6輪車両がエンジンを唸らせ、砂浜を離れようとしていた。
——あれが唯一の「盾」だ。
林は砂を蹴り、煙と叫びの中を走り出した。
背後で、燃え残った弾薬が断続的に爆ぜる音が、潮騒のように耳を満たしていた。