第30章 「砂浜の影」
南小島西岸。砂はまだ朝の潮で湿っている。
伍長・林啓明は、掩体用の土嚢を抱えて走っていた。
頭上では海鳥が騒ぎ、時おり東の海面から低いうねりが押し寄せてくる。
「早く掩体を仕上げろ!」
小隊長が叫ぶ。背後ではHQ-17の射撃班がミサイルランチャーの仰角を調整している。
それでも林の耳は、別の音を拾っていた——海面の向こうから、低く唸るような音。
プロペラでもジェットでもない。もっと乾いた、風を裂くような……。
空を見上げた瞬間、視界の端に黒い影がかすめた。
機体は小さい。翼は鋭く、海面すれすれを滑ってくる。
「无人机だ!」
誰かの叫びと同時に、HQ-17が旋回しようとするが遅い。
林の足が勝手に砂を蹴っていた。
ゴッという鈍い破裂音とともに、南端の掩体が火柱を上げた。
砂と石が顔に叩きつけられ、耳の奥で高音の耳鳴りが鳴りっぱなしになる。
煙の向こうで、工兵班の三人が倒れ、土嚢と一緒に転がっているのが見えた。
「伏せろ! 次が来る!」
林はとっさに鉄製の資材箱の影に飛び込む。
次の瞬間、機銃座が爆炎に包まれ、銃身がねじれて砂に落ちた。
焼けた金属の匂いが鼻に刺さり、喉がひりつく。
頭上を二つ目のドローンが通過する。
海風を切る音とともに、低い警告音がHQ-17の管制車両から響いた。
——ロックオンされている。
林が顔を上げるより早く、車両中央が白く光り、次の瞬間には黒い炎の塊になっていた。
全身が砂まみれで息が詰まる。
耳の奥で自分の心臓の音が爆撃音と区別がつかない。
どこかで叫び声がしたが、意味が分からない。
林はただ、もう一度来るであろう影に備えて、資材箱の影に体を押し込んだ。
空は青いはずなのに、彼には灰色にしか見えなかった。