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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン28

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幕間 第13章:鋼鉄の骨髄(Titanium Marrow) ―骨粗鬆症の克服と多孔質チタンの浸透―

2051年、12月。東京都高度生命科学特区、通称メド・シティの冬は、物理的な寒さよりも、情報の熱が奪い去られた後の無機質な静寂に支配されていた 。摩天楼の合間を縫うように、リコリコ・メディックの最新鋭・磁気浮上式救急艇が、滑るような音を立てて国立病院の屋上ヘリポートへと滑り込んだ 。「患者、70代男性。旧世代の義体化(人工的な身体拡張)による過剰な物理負荷の結果、全身性の骨粗鬆症(こつそしょうしょう:骨の密度が低下し、強度が失われる疾患)が進行。第4腰椎および両側大腿骨(だいたいこつ:太ももの骨)に粉砕骨折の兆候あり。バイタル、不安定です!」多喜たきが、網膜投影された患者の骨密度データを犀条へと転送しながら、鋭く報告を飛ばす 。「多喜、彼の骨はもう、古くなったお菓子の家みたいにボロボロだよ。歩こうとするだけで、自分の筋肉の力で骨を砕いちゃうんだ」千里ちさとは、患者の脚部に手を添えながら、自身の特殊な感覚を通じて、組織の深部から漏れ出す「歪み」のノイズを読み取っていた 。


「生体構造における硬組織の設計ミスだな。進化の過程で、重力という定数を見誤った結果だ」手術室の影から、犀条さいじょう 創平そうへいが静かに現れた 。その手には、高濃度の合成カフェインを含んだブラックコーヒーが握られている 。「萌、この個体の海綿骨(かいめんこつ:骨の内部にある、スポンジ状の多孔質な組織)の空隙率(くうげきりつ:物質内の隙間の割合)を算出せよ」 「既に完了しています、先生。正常値と比較して68%の欠損。トポロジー(幾何学的な接続構造)が崩壊しており、荷重を支えるための応力伝達が不可能です」 西之園にしのぞの もえは、空間に展開された3Dホログラムの骨格図を指先で回転させ、脆弱化した部位を赤く強調した 。「よし、オペを開始する。鵜飼うかいが調達した多孔質チタン・マトリクスを、骨髄(こつずい:骨の内部にある、造血などを行う軟らかい組織)内に浸透させ、鋼鉄の骨髄を構築する」 術野展開:髄内釘の再定義第13手術室。犀条の手には、2051年製の高出力超音波ドリルのプロトタイプが握られた。「これより、大腿骨への髄内釘(ずいないてい:骨折治療のために骨の空洞部に挿入する金属の棒)および、チタン浸透シーケンスを執刀する。富美とみさん、術中ナビゲーションの同期を確認しろ」 「了解です、先生。でも、骨を全部金属で埋めちゃって、この方が将来『骨の痛み』さえ忘れてしまったら、それは人間と言えるんでしょうか?」 富美とみが、現実的な懸念を口にしながら、自動手術支援システムのパラメータを調整する 。


犀条は大腿骨の近位部(きんいぶ:体幹に近い側)に小切開を加え、ガイドワイヤーを骨髄腔(こつずいくう:骨の内部にある空洞)へと進めた。「萌、海綿骨の微細構造をスキャンしろ。多孔質チタンが浸透すべき『パス』を計算するんだ」 「了解。骨芽細胞(こつがさいぼう:新しい骨を作る役割を持つ細胞)の残存密度と同期させます。……座標固定。浸透圧(しんとうあつ:半透膜を介して水分が移動しようとする圧力)制御システム、起動」 モニターには、スカスカになった骨の内部に、銀色の液体チタン合金が毛細管現象(もうさいかんげんしょう:細い管の中を液体が上昇する現象)のように吸い込まれていく様子が映し出された。鋼鉄と生体の結晶化「野田さん、界面インターフェースの生化学的反応を報告しろ」 細胞病理の専門家、野田のだ 佳代かよが、遠隔顕微鏡越しのリアルタイム解析データを提示した 。「……驚異的な吸着速度です。多孔質チタンの表面に、患者自身のハイドロキシアパタイト(骨の主成分となるリン酸カルシウムの一種)が結晶化し始めています。機械と生体が、原子レベルで『握手』をしています」 「論理的な帰結だ。だが、問題はこれからだ。四季しき、ナノマシンの制御を交代する」 手術室の全モニターが瞬時に切り替わり、汎用医療OSロゴスの意識、四季しきの声が室内に響き渡る 。


「犀条先生、鋼鉄の骨髄の位相同期(いそうどうき:複数の波のタイミングを完璧に合わせること)を開始します。骨内部の圧力を32キロパスカルで固定。……現在、人工マテリアルの生着率、92%」 しかし、その瞬間、アラートが赤く点滅した。「先生! 骨髄内圧が急上昇! 浸透したチタンが、予期せぬ熱反応(ねつはんのう:化学変化に伴い熱が発生する反応)を起こしています! このままでは骨が内側から爆発します!」 富美の声と共に、患者の血圧が急落した。「計算ミスか? いや、これは個体特有の免疫拒絶(めんえききょぜつ:外来の物質を攻撃しようとする生体防御反応)による過剰な代謝熱だ。萌、出力を下げろ!」 「ダメです、先生! チップのハードウェアが熱でロックされています! 四季さん、介入不可能!」 その時、手術室の隅で待機していた千里が、患者の脚にそっと手を触れた 。「……大丈夫。熱いのは、あなたが新しく生まれ変わろうとしている証拠だよ。私のリズムを、あなたの骨に分けてあげる」 千里の柔らかな神経共鳴が、暴走するナノマシンのパルスを優しく包み込み、熱的な混乱を穏やかな律動へと書き換えていく 。数秒後、モニターの警告音が止み、骨髄内圧が安定域へと滑り落ちた。結末:再定義された身体4時間後。手術は終了し、患者の大腿骨内には、一生涯変質することのない多孔質チタンのマトリクスが完璧に定着した 。


「オペ終了だ。彼の骨は、これから一生、機械と生体の共生体シンビオートとして、重力という不条理に立ち向かい続けることになる」 犀条は血に汚れた手袋を脱ぎ捨て、最後の一杯となった、もはや氷のように冷めきったコーヒーを飲み干した 。見学室では、医療倫理監査官の込山こみやまが、無機質な報告書をタブレットに打ち込んでいた 。「犀条先生。今日あなたが彼に与えたのは、歩く能力ではありません。『鋼鉄という名の不変性』です。彼が今後感じる歩行の感触は、果たして彼自身の魂の記憶だと言えるのでしょうか?」 「込山さん。魂の重さを測る数式など、この特区のどこにも存在しない。私は、彼の崩壊しかけた骨格に、論理的な支柱を打ち込んだだけだ」 病院を去る医療ジャーナリストの瀬津せつは、夜明けのメド・シティを眺めながら、ICレコーダーに独白を記録した 。「……鋼鉄の骨髄。それは、人間が老いという運命を克服するために、自分の核を金属に明け渡した記録。私たちが手に入れたこの揺るぎない足取りの先に、果たして、かつての私たちが愛した『脆くも美しい人間性』は残されているのだろうか」 ドームの向こう側から、人工的な太陽が昇り、街の全てを無機質な光へと変えていった

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