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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン28

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幕間 第1章:量子心臓(Quantum Heart)の鼓動 ―正中縦隔における生体と鋼鉄の接点―


2051年、東京都高度生命科学特区(通称:メド・シティ)。午前3時22分。 特区国立病院のヘリポートに、特殊急患搬送部隊「リコリコ・メディック」のV-22改・救急搬送機が滑り込んだ。

「バイタル、未だ不安定! 心拍出量(Cardiac output:心臓が一分間に送り出す血液の量)、規定値の40%まで低下。代償機構(Compensatory mechanism:生体が欠損した機能を補おうとする反応)が限界です!」

ハッチが開くと同時に、多喜(たき:井ノ上たきな)の鋭い声が響く。彼女は移動式体外式膜型人工肺(ECMO:肺の代わりに酸素を取り込み二酸化炭素を排出する装置)の数値を凝視しながら、最短ルートでストレッチャーを押し進める。

「多喜、焦らないで。彼の『魂の回路』はまだ断線してないよ」

隣を走る千里(ちさと:錦木千束)が、患者の蒼白な顔に手を添え、非侵襲型の光トポグラフィ・センサー(Optical topography sensor:近赤外光を用いて脳血流や神経活動を計測するデバイス)を調整する。彼女の役割は、搬送中に患者の意識(Consciousness)が機械化の波に呑まれて消失しないよう、神経信号を保護することだ。

第1手術室(OR-01)。そこには、この特区の「論理」を司る外科部長、犀条さいじょう 創平そうへいが待っていた。

「計算が合わないな。萌、この患者の左心室駆出率(LVEF:左心室が一度の収縮で送り出す血液の割合)、シミュレーションと3.5%乖離している」

犀条は、虚空に浮かぶ3Dホログラムの心臓を、セブンスターのホログラムのダミーだがを吐き出すかのように見つめている。

「先生、それは旧式の補助人工心臓(VAD:心臓のポンプ機能を助ける機械装置)のベアリングが摩耗して、溶血(Hemolysis:赤血球が破壊され、内容物が血漿中に漏れ出す現象)を起こしているからです。私の演算では、あと12分で播種性血管内凝固症候群(DIC:全身の微小血管内に血栓が多発し、止血機能が失われる重篤な状態)に移行します」

レジデントの西之園にしのぞの もえは、術野の血管走行を瞬時に立体把握し、犀条の論理に先回りする。

「……よし。オペを開始する。生体と機械の『不完全な結合』を切り離し、量子同期型心臓へ置換する」

術野展開:胸骨正中切開と縦隔の風景

富美(とみ:富沢)が手際よく電気メス(Electrosurgical unit:高周波電流を用いて組織を切開・凝固する器具)を犀条の手に握らせる。

「はい、先生。現実的なラインでお願いしますね。患者さんの家族、外で泣いてるんですから」

犀条は無言でメスを下した。胸骨正中切開(Median sternotomy:胸の真ん中の骨を縦に切断する術式)が行われ、開胸器(Retractor:切開部を広げ、手術操作を容易にする器具)が展開される。

そこには、正中縦隔(Median mediastinum:左右の肺に挟まれた、心臓や大血管が存在する空間)が露出した。患者の自前の心臓は、肥大し、変色している。その周囲には、20年前の技術で作られた義体化デバイスの配線が、心外膜(Epicardium:心臓の最も外側を覆う薄い膜)に癒着(組織同士がくっついてしまうこと)していた。

「見て、萌。これが『機械の拒絶』だ。線維芽細胞(Fibroblast:コラーゲンなどの細胞間質を生成する、結合組織の主要な細胞)が、非生物的なチタン合金を排除しようとして増殖している」

「でも先生、その線維化のおかげで、上行大動脈(Ascending aorta:心臓から出てすぐの、上に向かう太い動脈)の壁が補強されているようにも見えます。幾何学的には面白い補償です」

結合と切断:クランプと人工心肺

「大動脈遮断(Aortic cross-clamping:心臓への血流を一時的に止めるために大動脈を挟むこと)を行う」

犀条の指示に従い、心臓への血流が遮断される。同時に、血液は完全に人工心肺装置(Cardiopulmonary bypass:心臓と肺の機能を代行する巨大な機械)へとバイパスされた。

「野田さん、循環血液中のヘモグロビン(Hemoglobin:赤血球に含まれる、酸素を運搬するタンパク質)濃度と、機械界面での補体活性(Complement activation:異物を排除するために起こる生体防御の免疫反応)をチェックして」

モニター越しに、臨床検査技師の野田のだ 佳代かよが、顕微鏡カメラの映像を分析する。

「……細胞たちが怒っています。機械の破片を『敵』だと認識して、マクロファージ(Macrophage:死んだ細胞や異物を捕食して消化する大食細胞)が集結しています。でも、大丈夫です。新しい量子心臓の生体適合性(Biocompatibility:材料が生体組織と接触した際に、有害な反応を引き起こさない性質)は、私の計算では99.8%です」

量子心臓のインプラント:生体と機械の融合

犀条は、旧式のVADを慎重に摘出した。そして、鵜飼(うかい:鵜飼大介)が闇ルートに近い超法規的手段で調達してきた「量子同期型3Dプリント心臓」を術野に持ち込む。

これは、患者自身のiPS細胞から作られた心筋(Myocardium:心臓を構成する厚い筋肉組織)の組織と、量子コンピュータを搭載したマイクロアクチュエーターが融合した「共生臓器」だ。

「吻合(Anastomosis:血管や臓器を手術的に繋ぎ合わせること)を開始する。萌、君は左の肺静脈(Pulmonary vein:肺から心臓の左心房へ酸素に富んだ血液を運ぶ血管)の接合部をモニターしろ」

「了解。4-0の非吸収性縫合糸(Non-absorbable suture:生体内に吸収されず、長期にわたって強度を維持する糸)で、連続縫合(Continuous suture:一本の糸で連続して縫い合わせる技法)を行います」

二人の手技は、もはや外科手術というよりは、精密機械の組み立てに近い。生体の柔らかな組織と、人工パーツの硬いチタンリングが、BBI(Brain-Bridge Interface:脳と機械を直接繋ぐ界面)を通じて接続されていく。

その時、手術室のスピーカーから、透明感のある、しかし感情を排した声が流れた。汎用医療OS「ロゴス」の意識、四季しきである。

『犀条先生。量子カーネルの同期を確認しました。洞房結節(Sinoatrial node:心臓の自然なペースメーカーとして機能する特殊な心筋組織)の電気信号を、ナノチップが完全に模倣しています。起動準備完了です』

再鼓動:シンギュラリティの瞬間

「遮断解除。血流再開」

大動脈のクランプが外される。温かい血液が、新しく作り直された冠状動脈(Coronary artery:心臓自身の筋肉に酸素と栄養を送るための血管)へと流れ込む。

最初、心臓は心室細動(Ventricular fibrillation:心筋が無秩序に震え、血液を送り出せなくなる危険な状態)を起こした。しかし、萌が素早く内部除細動(Internal defibrillation:開胸状態で心臓に直接電気ショックを与え、リズムを整える処置)を施すと、量子チップが瞬時に不整脈を演算し、最適なパルスを打ち込んだ。

ドクン。

「……計算通りだ」

犀条が呟く。モニターには、完璧な心電図(Electrocardiogram:心臓の電気的な活動を波形として記録したもの)が描かれていた。

「すごい……自前の筋肉と機械のモーターが、完全に同じ位相で動いてる」

萌の目が輝く。それは、単なる移植ではない。人間という生物が、進化の過程で手に入れられなかった「論理的な心臓」を手に入れた瞬間だった。

「お見事。でも先生、コーヒー飲みすぎですよ。バイタル、あなたの方が不安定じゃないですか」

富美の呆れたような声に、犀条は微かに肩をすくめた。 外では、朝日が壊滅を免れた東京のビル群を照らし始めている。

「込山さん、見てました?」

瀬津(せつ:儀同世津子)が、見学室の影に立つ厚生労働省の監査官、込山こみやまに話しかける。

「ああ。だが見ていたのはオペではない。彼らが『人間』をどこまで削り、何を足そうとしているのか、その境界線を見ていたんだよ」

込山は、静かに手帳を閉じた


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