第21章 歴史の大転換点 ポイント オブ ノーリターン
5人の艦橋士官の密議 ―
空母ロナルド・レーガン:CO専用作戦室
厚い防音扉が重々しく閉まり、赤い「SECURE」ランプが点灯した。
テーブル中央のタクティカル・ディスプレイには、日本列島と朝鮮半島の衛星写真が映し出されている。
艦内の乗員は、短縮運用でわずか500人。艦橋、CIC、機関、通信、飛行甲板でギリギリの当直輪番が組まれている。
エリオット艦長(大佐)が、沈黙を破った。
「記憶は戻ったな」
全員が無言で頷く。あの3分間の「ブラックアウト」の間に、彼らの意識は、時空を越えて80年前の出来事を体験していた。
ハリス通信士官(少佐)が通信パネルを示す。「ディスプレイの3分ブラックアウトで、MUOS衛星リンクもSIPRも途絶した。上層部からの指揮系統は『通常応答』に戻っているが、我々はこの3分間で、過去の瞬間を見た。意識が書き換えられた人間が、この艦内にいる。それが事実だ」
ブラント副長(中佐)が表示を凝視する。赤い都市名、TOKYO、KITAKYUSYU、HIROSHIMA、NAGASAKI……。それはカウンターフォース(軍事目標)ではなく、カウンターバリュー(都市)を狙った北の攻撃パターンだ。80年前史実とはことなり、いずれの4都市にも過去原爆は投下されず、日本は降伏した。
「SIGINT、OSINT、そして我々自身の記憶――北は“都市”を撃つ。迎撃密度の高い在日米軍基地は優先しない。
理由は三つだ。一つ、BMD(イージス艦+PAC-3)の迎撃成功率が高い。二つ、在日米軍の兵站・航空隊はすでに洋上・陸路へ退避中、目標価値が低下している。そして三つ、同盟分断の心理効果が最大だからだ」
つまり、2026年現代、我々が北朝鮮に対して斬首作戦を独断で開始しても、核弾頭がおちるのは、80年前に原爆が投下されなかった大都市を含むターゲットのみ。つまりカウンターバリュー(都市)を狙った攻撃となることは確実。
ケリー情報将校(大尉)が、一枚の写真を差し出す。「北の指揮中枢座標。過去72時間の移動パターン」「つまりこういうことだ。斬首作戦が実行されれば、日本の都市への攻撃トリガーになる確率は極めて高い。——だから、やれば日本の都市が燃える」
ロウズ作戦参謀(少佐)が、NEOレイヤーを重ねる。「在日米軍家族の退避はすでに完了していることを把握している。横田、佐世保、嘉手納の家族はすでに日本を出国済みだ。本艦ロナルドレーガンは人員輸送艦に限りなく近い状態で、釜山へ向かい、在日米軍の家族を国外に脱出させることが当初からの我々に与えられた任務だった。米太平洋艦隊はそもそも、在韓米軍以外の兵士を危険にさらしてまで、韓国防衛をするきなどなかったということだ。
*エリオット艦長の声が、低く、しかし鋭く響く。
「……我々は『知ってしまった』。80年前、この海で何が起きたかも、今何をすれば何が起きるかも、だ」
「北への航空攻撃、艦対地攻撃を敢行したのち、我々はそうりゅうをしずめる」
「これは80年前、ロナルドレーガンを沖縄沖に係留させられ、そうりゅうに降伏した屈辱への返礼だ」
」
ロウズがタブレットに作戦名を打ち込む。 ハリスがコマンドキーを押す。
彼の視線が、部屋の隅々まで行き渡る。
「これはEMCON/COMSEC分離キーだ。これを再度、Link-16/MUOS/GCCSの上位同期から切り離す。以後、作戦責任はこの部屋の5名が負う
エリオット艦長は、全員を見渡してから最後に言った。「これは、歴史を変えるための決断だ…」