第17章 帰還シーケンスと大気圏再突入
「クランプ解除確認」
機長の短いロシア語が響き、ISSとの接続が完全に解かれた。その瞬間、わずかな軋み音が、船体の構造材が圧力差と微小な変形に耐えていることを告げる。
高瀬は窓越しに、ISSの太陽電池パネルが静かに遠ざかっていくのを眺めていた。巨大な金色の翼が、漆黒の宇宙と地球の青い光に挟まれ、ゆっくりと角度を変えていく。
エレナはタブレットに視線を落とす。時空の歪み監視装置から、断続的なノイズが送られてくる。それはまるで80年前からの「残響」のように、特定の信号だけがノイズの海から浮かび上がり、そして消えていく。
「リンクロストは……偶然じゃない」
エレナの呟きに、高瀬は静かに不安を募らせた。
ソユーズ船体RCS(姿勢制御スラスター)が短く噴き、ソユーズはISSから離脱する。推進剤の白い霧が真空に溶け、光を浴びては消えた。
「着陸シーケンス、入力完了」
機長の声が、張り詰めた空気を切り裂く。座席に深く身を沈めた高瀬の背中に、緊張が走る。ソユーズの姿勢がゆっくりと反転し、機首が地球の進行方向とは逆を向いた。
背面のメインエンジンが白熱し、猛烈な噴煙が船体の一部を照らし出す。逆噴射開始。ソユーズの速度が徐々に落ち、大気圏突入のための最適な軌道へと移行していく。
船内の微かな振動が、やがて船体全体を揺らす「うなり」へと変わる。
エレナはシート脇のハンドルを強く握り締め、唇を固く結んだ。モニターには、帰還経路の中央付近に**「データ欠落区間」と記された赤い帯が表示されている。
大気圏再突入。窓の外は、真紅の光に包まれていた。視界を奪うプラズマの壁が波打ち、外界との通信は後少しで、完全に「3分間ブラックアウト」する。
船内は、不気味なオレンジ色の光に照らされ、計器類の針だけが震え続けていた。
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